上には空、下には海。地球はそれだけでできているということを、この場所ではとてもよくわかる。
「ヴェー、暑い」
「赤道も近いからね」
足元からは軽快にハンマーの音がわき、同じコンクリートの人工基盤にはいくつかのクレーンがのんびりしたきりんのように首を動かしていた。サバンナの東、数百キロ離れた場所だが、吹く風はどこか似ている。
コーラ飲むかいと隣に座ったアメリカは、ジーンズにTシャツというラフな格好だったが、伊達男のイタリアはたとえ寝るときは全裸でも普通の場所ではネクタイとシャツを忘れない。カラフルな組み合わせが好きなだけに緑のシャツにあえてのブラックタイが合ってはいるが、太陽光を吸収しやすい素材だということをすっかり忘れていた。
シチリアリモーネ果汁たっぷりのしぼりたてレモネードが飲みたいと思っていたが、軍艦くらいしか来ることもない洋上基地では無理な話だろう。炭酸が抜けない程度にひえていただけでもめっけもんだ。
プルタブを勢いよく上げれば、それでも圧縮された炭酸ガスが数センチ噴き出した。甘い香りがほんのりした。それが人工香であっても、喉仏を動かす理由にはなる。
飲みながら、もう一度ちらりと空を見た。
「アメリカは行ったことあるんだよね」
空気を読まない冒険国家は、空なら君だって飛行機ぐらい乗るだろと返した。そうじゃなくてもっと上だよ。ああ当然さ、ヒーローだからね。
ほかの国ならそんな回答に納得はしないだろうが、イタリアは素直にそうか~と返した。
友だちの少ないアメリカは、ここぞとばかりに話を用意した。空気のない月に建てるため、わざわざ鉄製の「あらかじめ風にたなびく形になっている星条旗」を作ったことや、ハンバーガーを宇宙食にするのがどんなに大変だったか、とか。
だけど、この海上基地を宇宙への窓口にしていた目の前の国は、うっとりと眼を細めて言った。
「ねぇ、地球って本当に丸いの」
アメリカだって進化論を信じたくないときはたまにある。どちらかといえば、ほかの国より信じたくない傾向なくらいだ。
だけど、首をかしげてここまで聞くまでには至らない。
「俺が最近読んだ本では、君の科学者が最初に言ったって書いてあったと思うんだけど」
「言ってたね。だけど、俺はずっと違うって思ってた」
「それさ、同じ質問、他のやつらにもしたのかい」
「ドイツは本に書いてあるからだって言ってた」
「あいつらしい」
「日本は、皆さんそうおっしゃってますからだって」
「テクノロジーあるのに使わないんだよね」
「フランス兄ちゃんは、その方が美しいだろ、と」
「俺もその感覚は理解できないよ。ちなみにイギリスは、べ、別に地球が丸いのは俺のためなんだからな!……だったぞ」
「中国は、そんなの我は昔からだと思ってたある、ってね」
「俺たちが生まれる前から変わってたわけか」
「ロシアは直に見てるだろうけど、怖くて聞けなかった」
「俺としても、聞かない方がいいと思うな」
じゃあ、イタリアはどう思うんだい。
直に見ているから当たり前の事実。だけど、この青年なら、見えない世界に違う答えを出してくれそうな気がした。
「んー、丸で描ける方が楽だから良かった、と思うよ。一番、それが自然な動きで形だから」
答えになってないなと思いつつ、雲の動きでまるで本当に丸い地球が自転しているのを目視できるかのようで。風の動きも、波の間も。
こんなにも、こんなにも地球は動いている。スペースシャトルから見下ろすより、地面に寝転んでいる方がよくわかるということは、一番アメリカがよく知っていた。
感性と科学の一致も案外馬鹿にできないな、と思ったプラグマティズムの申し子は、空き缶を片隅のくず置き場に投げた。
物理法則にしたがった放物線は、赤い軌跡を辿った。
fin
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COMMENT
おかえりなさいませ!
伊と米というちょっぴり意外な組み合わせがとても新鮮でござんした…!
汗をかきかき、ロマン(?)を語る奴らの姿が目に浮かぶようです。
ここに普がいたら「俺様が丸くした!!」とか言い出しそうです←
コメントありがとうございます!
読める空気探し隊で、かわいいんですよねー。観光業的には仲はいい模様です。
俺様が丸くした!……言いそう、超言いそうです!