その仕事場の半分以上は書庫だった。
むしろ、書庫を仕事場にしたというのがふさわしいかもしれない。
化石置き場とまわりから揶揄されるその部屋には、いつも安っぽい電球が頻繁に点滅し(何しろ予算がないのだ)、綿ぼこりが隅に舞っていた(本が生きていくのに空気はいらない)。
靴を脱いで白い靴下を机に投げ出し、おやつのシュークリームをいじくっていたトルコが、ふと書庫の方を見ると、書庫の間に人が倒れていた。まわりには、書庫近辺にたまに出没するネズミ目当ての猫たちがにゃーにゃー囲んでいる。
見なかったことにして、トルコは透明ビニールのパッケージと向き合った。
にゃーにゃーにゃーにゃー。
ええぃ、ちくしょーめぃ! 単なるエサの催促だろうが、泣く猫に勝てるものはそうそういない。
椅子を乱暴に蹴り納めて、猫の集団の中心に向かう。ほとんど死体に近い格好で、いくら私服が許される職場とは言え、ぼさぼさの髪に、いつ洗濯したのかわからない服で寝ていた男を蹴り飛ばした。
「もう夕方でぃ」
「ああ、眠るの忘れて瞑想してた……」
「それは寝てるんでぃ」
「とるこしね……水晶髑髏の加工方法わかっちゃったんだけど」
「それがどうした」
もう一度、蹴り起こそうとしたところに、遺跡のように倒壊している男の腹が鳴った。
そしてトルコの手には、半開きのパッケージのシュークリーム。
「お前、風呂は予想できるとして飯は?」
「……ああ、ムサカ食べるの……忘れてた」
ねこ。
空腹の男。
シュークリーム。
「毒とは卑怯な……正々堂々としねとるこ」
もっきゅもっきゅとどんどん食われていくシュークリームにトルコは突っ込んだ。
「ぎーりぃしゃぁああ!」
そんなわけで、電車の中でカーマ・スートラを淡々と音読する天才古代文明研究者(青い柿ピーはいらない)のギリシャと、叩き上げ実は自宅で金魚飼ってる昔は色々狂犬状態だったトルコ(入院時はにほろいどでトランス中)が、埋もれた古代歴史的事件を調べていくお話。
あと関西弁の元ヤン(太陽が沈まない的に)国とか。
あーさー・(かー)くら(んど)さんとか。
「入ると必ず死ぬ墓所……」
「それで、その伝説はどうなるんだ?」
「もちろん必ず死ぬ……、じゃないと語り手が怒られてしまう」
(Case3.「入ると死ぬ墓所」)
「お前さー、いっつも風呂入ってねぃだろ」
「いや、入ってる」
「昨日は?」
「昨日は、ダマスクス鋼の製造工程について……」
「一昨日は?」
「一昨日は、ナスカの地上絵の解読について……」
「二千歳と少々……です」
「じゃあ、うちの日本と同い年あるな」
「え! 全然違ぇでぃ! 何とかしろ!!」
「……何をだ」
「生き方(GNP)? 存在(G8)? 国としてのありがたみ(非常任理事国)?」
「別にトルコにありがたがっても貰わなくても結構だ……」
(トルコ、ギリシャの頬をつねる)
「何でぃ。お前に絵の良しあしがわかるんでぃ?」
「わかる……。モザイクとか、フレスコとか、陶板とか……」
「それは絵の種類だろ」
(トルコ、ギリシャをスリッパではたく)
「ギリシャ、お前そんな汚い格好で行くつもりやん?」
「いけないか?」
「当たり前やろ。合コンやで! イケイケの戦闘服着ていかなどないすんのよ? もっとここの胸襟がこ~うなってここがキューっとなった……」
「キュー……か?」
「ん~」
「猫くせぇ~~」
「トルコの足も、トルコ臭い」
「てやんでぃ。独身だからっていつもいつも危険なことやらせやがって。来週にでも結婚してやろうか、もう」
「トルコは俺のタイプじゃない」
「侵攻するぜぃ? 精鋭で侵攻するぜぃ?」
「お前あかんでぇ、そらあかんわ。友だち(仏)の彼氏(英)とご飯食べたら、そらあんたむかつかれるで」
「でも、本当にご飯だけだ……。おかず食べてない……」
「はたから見たら、立派なデートやろ?」
「でも、街でたまたまばったり会って……」
「なーんで、こんな国誘ったんかな。下心……まさかな。いやでも、海賊はムラムラしたらイルカでも使うっちゅうからな」
「イルカを何に使うんだ……?」
(フランス兄ちゃんが操られて、全裸になった後)
「あー、しかし切ないねぃ。インポだなんて。1世紀から2千年もインポだなんて。俺なら死ぬでぃ」
「でも、インポテンツで同盟破棄だなんて、結婚相手も冷たすぎる……。テクがあれば、インポテンツなんて関係ない……」
「しょせん、国と国となんて挿入あってのもんでぃ。やる時はやる、それが愛情」
「そういうものを超越したエロスというものが、ある……」
「エロスだなんて言われても、何もされなければ愛されているとか確かめようがねぇじゃねーか」
「羊の群れに見えるやろ。善良な羊の群れ。そん中にな、一匹だけ赤い羊がおんねん。仲間喰い殺して、返り血を浴びた真っ赤な羊が一匹な。なぁ、その赤い羊、探しにいこか」
「俺……行ってくる……。この目で、真実を見てくる……」
「歴史ってぇもんは、本当は存在しねぇんだ。曖昧な記録の集合体。それが歴史の顔をして堂々とのさばっている。だからその記録を消せば、歴史なんて消えやがる。
そのことを、アーサーは知っていた。そしてアーサー自身を消した俺が、アーサーを狙わなければ、あの国が死ぬことはなかった」
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COMMENT
無題
うんうん、ハマッてますね!良い!!
↓これこれ攻殻でしたっけ…?気になる…!
曖昧な記録の集合体。それが歴史の顔をして堂々とのさばっている。だからその記録を消せば、歴史なんて消えやがる。
台本欲しいなー
でも、確かに攻殻っぽいです。まあ、押井パロの多い作品だけに、イノセンスから引っ張ってきてる可能性はありますが。
こちらは腹筋崩壊オンパレードでした
まずとりあえず電車の中で音読は…!!
あなたもケイゾク好きですか!
でも、彼奴ならやりかねません。
ちなみに、トルコさんは正露丸が何にでも効くと信じております。