むかしむかしあるところに、ムキデレラという、大変ムキムキのネコミミメイドがおりました。
ムキデレラは、血のつながらない親代わりの貴族と、少し年上の兄姉と暮らしていました。ちなみに、ネコミミメイドは亡くなった兄ちゃんの遺言です。一説には、姉がフライパンで撲殺したという噂が立っていましたが、ムキデレラ一家は平和に暮らしてました。
貴族は結婚でムキデレラの家に入ってきましたが、大変なドケチ……もとい倹約家で、質素を旨とする生活は家族全員に伝えられ、ムキデレラも暖炉の灰が飛びやすい床を寝床にしていました。
しかし、それはムキデレラにとっては野営の訓練の一環になるので、むしろ自分から進んでそこに寝ていて、彼のことを可愛がっている兄姉から毛布を押し付けられることもしばしばでした。
掃除や菓子作りや犬の散歩が好きなムキデレラにとってメイドはある意味転職でしたので、たまに兄が無理やり一人楽しすぎるけど、お前も構え!と邪魔してきたり、これも着て欲しいの、姉がこのポーズもとってほしいのああステキ!と時間をとったりしてこなければ、この生活に満足していました。
そんなある日、貴族は貧乏ではあっても貴族ではあったので、お城から舞踏会の招待状がやってきました。
何でも、王子の花嫁探しだとか。
仲人大好きの貴族は、これはチャンスとばかりに、フライパンやカメラさえ構えなければ十分美人な姉を着飾らせて送り出しました。兄は一人楽しくどっかに遊びに行きました。
ムキデレラは男だったので、今日は静かに掃除が出来そうだと表情ではわかりにくいけれど、ご機嫌に台所に雑巾をとりに行きました。
「そこで舞踏会に行きたがれよ!ばかぁ!」
台所に、真っ白な羽がついた、布一枚しか身にまとっていない不審な男が現れました。ちなみに、眉毛はごんぶとです。
「どこから入ってきたか、このネズミ(スパイ)め」
「違ぇよ! 奇跡を起こしに来たエンジェルだ!」
「問答無用。さっそく台所を汚したな。レンジから異様なにおいが立ち込めてるんだが」
「あ、ちょっと台所変えたら上手くできんじゃないかと……、いやそうじゃなくて! お前、行きたくないのか、舞踏会」
「まあ、どんな菓子が出されるかは気になるな。レシピを検討したい」
「それだ。ほぁたっ!!」
何ということでしょう!
気が付いたら、ムキデレラはぴかぴかの軍服に鉄十字の勲章が胸元に。公式行事のどこに出しても恥ずかしくない将校ができあがったのです。
勝手口から外に出されると、兄の数少ない仕事である小さなじゃがいも農園から、芋を一個掘り出すように言われ、それに向かってステッキが。
ご飯をもらえる合図だと勘違いした、愛犬たちも走りよって光を浴びて、みるみるうちに戦車と、操作要員たちが集合しました。
「貴様、貴重な食料をっ! おまけに犬を無理やり人間にするなんて虐待ではないか!」
ムキデレラはエンジェルの首を掴みにかかりました。
「HELP! HELP ME!」
「やあ! 呼んだかい?」
赤と青が入った全身スーツを着たきばつなHEROが、童話の空気も読まずにその重量の身体でムキデレラをふっとばしました。筋量は近くても、HEROの方が加速度を伴って衝突したためです。
ムキデレラは上手く戦車の中に入れられました。人間となった愛犬たちも続きました。
気が付くと戦車は動き出し、城に向かってキュラキュラ進みました。
「あ、言い忘れてたけど、12時でネコミミメイドに戻るからなー。聞こえてるかな?」
「君って、そういう後出し情報戦大好きだよね」
趣味がナンパの王子は、あまりに粉をかけすぎて、本命が絞れない状態にありました。
「あー、あっちの子もかわいいな~。いや、でも君の瞳に引き込まれそうだ。チャオ!」
投げキッスをしてから、また新しい花嫁候補が来たかと入り口に目を向けると、そこには威圧感が重すぎる将校が仁王立ちしていました。
ため息を吐くと、将校は観念したかのように料理がある方に闊歩して、皿を取り食事を始めました。
空気の読めない王子は、これも花嫁候補だろうと素直に思い、声をかけに来ました。
「ヴェー、こんばんは」
しかし、将校は唇にクリームをつけたまま返事をしてくれません。逃げ出したくなった王子にぽつりと言いました。
「これを作ったのはどいつだ」
「あ、俺ー。あっちはちなみに兄ちゃん。それと向こうでは王様の爺ちゃんが、宰相の日本とスシ握ってるよ。スシおいしいよねー」
この国で、一番の料理人は王族ばかりでしたので、雇うより彼らが腕を振るうほうが評判がよかったのです。
将校はようやく口を拭うと、王子にうやうやしく敬礼し、お言葉をかけることをお許しくださいと前置きした上で、語りました。
「亡くなった家族が作った料理と同じか、それ以上にうまい。料理だけじゃない。この宴会の内装も、建物の構造も、BGMも素晴らしい」
美麗な言葉は存在しなくとも、素直な賞賛を王子はそれはそれは大好きな空と同じ色の目で言われてしまって、何だか自分が口説いているときよりドキドキしてしまいました。
自分が女性を褒めることには慣れているが、自分そのものが褒められることには慣れていない王子は嬉しくなってしまいましたのです。
将校の頬にキスをして、お土産にバラを一輪渡しました。将校は驚いて、顔を赤くしたかと思うと身を翻して走り出しました。
「え! あ、ちょっと待って!!」
城の時計が鳴り出します。なり終わりが12時です。エンジェルの話を、装甲分厚い戦車の中で聞いていなかったので本人は12時になったらどうなるか知りませんが、彼はそれより王子の前から恥ずかしくて逃げ出したくなって走り出したのです。
しかし、あわれ最後の鐘が鳴り。
「ぬわっ!!」
ネコミミメイドのムキデレラに戻った将校は、裾を踏んずけてすっ転びました。これなら、脚が彼より短い王子でも追いつけます。
ムキデレラに王子は手を差し出しました。
「ヴェー、君みたいな人は初めてだよ」
「お、お前は本気なのか」
今、こうしてムキデレラを本気で追いかけたことをさしているのかと思った王子は、うん本気だよといいました。
「本気なら。わかった、俺も腹をくくろう。それに、毎日あの料理が味わえるならなかなか悪くない」
ムキデレラはますます顔を赤くなりながらも、王子の手を取りました。しかし、ムキデレラの方が重かったので、王子が引っ張られてのしかかる形になってしまいました。
「あ、意外と柔らかい……」
「触るな、あっ」
「えへへー、あったかいなー。フリフリで可愛いね。パンツもフリフリなのかな?」
王子は、未知で多彩な反応をみせるムキデレラをすっかり気に入ってしまいました。
脚をさすります。均整の取れた筋肉の付いた、美的感性の高い王子にとっては石膏をとって永久保存したいくらい理想の脚でした。もう王子はムキデレラに夢中です。
ムキデレラは、家族以外からのスキンシップに慣れていないけれど、バラをプレゼントされて告白されたと勘違いして、ときめきがだだもれです。
まだ、城の領地内。おまけに誰も来ない夜中の庭です。遠くから舞踏会の明りが二人の横顔を写していました。
こうして、ムキデレラは王子と結婚し、たまに実家の兄に邪魔されたり、たまに実家の姉にパパラッチされたり、たまに義理の兄にツンツンされたり、たまに舅に裸像のモデルになるようセクハラされたりされることを除けば、それはそれはしあわせに暮らしましたとさ、めでたしめでたし。
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