築百年ほどになる我が家は、木造の梁が実に渋みをかもし出している昔の農家をリフォームした一軒家である。
三人分の体重を軽いとは言え支えるのはいやはや大したものだ。腕組みをしながら、眺める三つのさかさまの顔。どいつもこいつもこの三人のせいだ。
しかし、うち二人はすっかり頭に血が上ってもおかしくないのにしれっと表情をあまり変えないで、やれ日本のせいある、いやいや中国さんがまずかったんですよとお互いに責任を擦り付け合っている。美しくない。実に美しくない。
「ヴェスト~。俺が悪かった~、下ろしてくれ~~!! 俺様ただでさえしっかり詰まった頭が破裂する。おかしくなっちゃう!」
「いいや、まったくこちらの二人が反省してないのに、兄さんだけ下ろすわけにはいかないだろう」
「何だその妙な平等主義! 民主主義反対!!」
「ふむ、まだお仕置きが足りないようだな。鼻の穴にストローで一滴ずつ兄さんの大好きなビールでも注いでやろうか。韓国頼む」
「無理無理無理だめぇらめぇ!炭酸らめぇええええ!!」
「わかりました! ドイツさん!!」
イェ!と了解の相槌と共に、足取り速やかに民族衣装の青年がたったか台所に向かった。便利なものだ。
どちらかと言えば、アシスタントを使わない主義ではあるのだが、三国を逆さづりにするのはなかなか労力であったので手伝いをしてもらったのだった。関係者といえなくもないからな。
「韓国ひどいある! 普段我のことを兄と慕うのにこの仕打ち!!」
「俺もジウ姫になるのは嫌なんだぜ。それに、ドイツさんは謝罪と賠償をきちんとしてますから」
「やっぱり娘々にしてしまえばよかったよろし……」
「ええ、まったく……」
「青島とキリンも追加してくれ、韓国」
イェ!とアルトビアの瓶を持った韓国が方向転換をしようと身体をひねった瞬間、愛用の鹿毛皮のラグが滑って、見事に瓶口からビールが俺に向かい、三人へ怒りのあまり意識を集中していた俺は避けきれなかった。
気が付いたら、腕組みが少しやりにくくなった。なぜなら胸の容量が増加しているのだから。肩からタンクトップの紐が二の腕に落ちかけた状態になり、ますます苛立ってきた。変化は上半身だけじゃない。見たくもないがトランクスがゆるいのがわかる。これは注意して歩かないとずりずり下がっていくだろう。そして、その中味は……中味は!ああ、考えるだけでも赤面しそうだ!!
「どうしてくれるんだ!貴様ら!!」
「水も滴るいい女になったな、ヴェスト!」
「兄さん。どっちの鼻の穴に瓶を突っ込めばいいか。右か? 左か?」
事件の経過をブリーフィングすべきだろう。
世界の技術立国と、摩訶不思議四千年の国は、珍しくタッグを組んだ。それは、かつて娘のように可愛らしかった彼らの弟を、一時的にせよ娘にしてしまおうという計画の実現である。
娘にしてしまえば、たとえ物言いはきつくとも何だか許せてしまう、というわけらしい。確かに、ベラルーシはきつい性格だが、何だかんだ言ってあの外見にリトアニアは参ってる。
試行錯誤の末に、中国の奥地にある温泉を日本が成分抽出して「これをばしゃりとかけられた後は、冷たい液体をかけると女性になってしまう奇跡の水」を作り出した。
何でそんな中途半端な変身なのかと日本に聞いたら、人は漫画という想像力より高くは飛べないのですよ、とよくわからない表現をされた。親しい付き合いはあるし敬意を払う価値がある国なのだが、たまに表現が抽象的過ぎて理解しがたい。
ともかく、その奇跡の水完成を偶然ふらふら一人楽しんでいたプロイセンが通りすがりに目撃して、黙ってやる代わりに俺にも少しよこせと家に持ち帰った。
恋人兼兄の帰りが遅いのを心配していた俺は、早々に甕をサイドテーブルに置かせて、そのままプロイセンをベッドに押し倒し……この先は中略させてもらおう。
最中に男二人分の振動がサイドテーブルに伝わり、甕がバランスを崩してびしゃりと俺の身体に。
圧迫感が消えたはずのプロイセンは、抜けちまったのかと言った後に、ようやく事態を把握して、それはそれは白い肌が青みさえ帯びた色になった。
ビール攻の終わった三名を下ろし、各々の家に帰した。あまりに束縛すると悔しいが世界情勢に影響が生じかねない。ビール臭いプロイセンと一緒にバスタブに入った。俺は男の姿に戻っていた。
そうそう。湯を浴びると不思議なことにこの身体は元に戻るのだ。これでは水泳もできないし、水風呂にも浸かれない。それどころか、先ほどのようにうっかり誰かが飲み物を零してもこの始末だ。仕事にだって支障が……ああ、いや今の上司はそういう話をあまり気にしない女性であるから大丈夫なのか?
入浴後、ほかほかの髪をタオルで包んで、そっと額をぬぐってやる。拷問の後はやさしくするに限る。そうすれば大抵の捕虜はぽろりと情報を漏らすものだ。
「どうしてあんなものを持ち帰ったんだ。兄さん」
「面白そうじゃねーか、ケセセセセ!」
「本当の理由を教えてくれ」
「やーなこった」
アメリカ風に言ってシャワーノズルを全開にして俺に向けた。冷水だ。
そのまま、押し倒される。まずい。今は腕力が逆転している。普段押し倒している相手に押し倒されるとは何たる不覚。
「ヴェスト、かわいいぜ」
仰向けでもなお盛り上がる乳房を撫でられ、くびれを抱えられる。これはまずい。非常にまずい。
「兄さん」
「何だ」
「仮に兄さんが俺に挿入するとしよう」
「おう」
「途中で俺が抵抗する、もしくは偶発的に……そうだな、この家も老朽化著しいからうっかり湯のシャワーが出るかもしれない。そしたら、どうなると思う?」
「どうなるって……あ」
「兄さんの大事なところは永遠に俺の体内に取り残される。それはそれで俺としては倒錯的で楽しめるがな。切断は嫌いじゃない」
迷いは上手を取るには不利な要素だ。あっという間に体位が逆転した。
指がいつもより細いことをいいことに、いつもより深く沈めて、もどかしさを覚えながらも兄をいつもどおりに喘がせた。声も身体も違う相手にこんなに興奮するなんて兄さんはどれだけ変態なのだとなじりつつ。
首を振りながら、最近は多少攻めても流すことが少なくなっていた涙をたくさん出した。力以外のもので屈服されるのを嫌うプライドを持つ人であるだけに、その涙にどれだけそそられたことだか。
精神的にも肉体的にも疲れたのか、意識を失ってしまった兄を、湯で男に戻ってベッドに連れて行った。
負った背中からは、ごめんヴェストと小さく声がした。何だと聞いたが返事はなく、散漫とした言葉が続いただけだった。
俺が女だったら、少しの間だけでもいいから女だったら、妻になれたら。
要約すると内容はそこに尽きた。
途中、日本からFAXの受信を確認した。
「浴びた奇跡の水は1L。人間の身体は一日2L代謝するので半日で戻ります」という旨だった。となると、もう女の姿で兄を攻めるのは終わりか。なかなか楽しかっただけに少々残念ではあった。
そっと共用のベッドに兄を下ろし、キスを落とした。俺の二つに割られた片割れが、この人で良かった。
女性とか男性とか関係なく、この人が俺を慈しみ、育て、受け入れて、許した過程は何ごとにも変えがたいのだから。
それに。
「兄さんぐらい歯ごたえと屈辱感の両方を出してくれる相手でないと、俺の恋人は無理だろうな。女性は痛みに強いからすぐ耐性が出来てしまう」
びくんと無意識にだろうが兄の身体が痙攣した。動物的なところがある人だから、本能に近いもので何かを感じ取ったのかもしれない。
性嗜好と実際の感情というのは、なかなか都合よく相関している。少なくとも、俺たちの場合。
そうだろう? 兄さん。
fin
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