イタリアのお祖父さんに、会いに行くことになった。
時々、天国からかつて住んだ家に帰ってくるから、だと。
「じいちゃん」
空気が読めないイタリアの声は妙に明るい。それは救いでもあるし、気まずさでもある。
初対面ではないからということで、いきなり自宅の前の彼に会った。偉大なるローマ帝国。凋落を経た後でさえも、その横顔は父性そのものだった。若い姿ではないのは、孫の混乱を避けるからかもしれない。
互いに緊張していたと思う。会話が弾むべくもなく、持って来た酒と、イタリア手製の華やかなつまみばかりが減っていった。俺とローマ帝国と二人で初めて会ったときは、あんなにしゃべっていたのに、不思議なものだ。くっついてないのかと迫ったのに、本当に不思議なものだ。
「お孫さんと……け、けっ」
大帝国は無言で立ち上がり食卓から去った。
イタリアは、本当に愛された孫だから。そう思った。
この屋敷は、とても静かだった。静か過ぎたから、台所に行ったローマ帝国とイタリアの気配が伝わった。潜水艦がはるか先の目標を探るように緊張した俺の耳は言葉を拡張した。
「残念だな」
ああ、イタリアはどんな表情をしているのだろうか。
「嫌な奴なら一発殴れたのにな」
新しい皿とグラスをイタリアは持ってきた。
「おまたせ」
ローマ帝国の方は古そうなボトルだ。どのくらいの年月なんだろう。数百年生きていても想像がつかない。食卓に重みをもって置かれたそれに俺は釘付けになった。ビールのような熟成が短い酒を主に飲んではいるが、その瓶には味わいたいと思わせる気迫がある。
蒸留酒。それは人間が錬金術で生み出した最高の叡智であり、生命の水と呼ばれる。ローマ帝国では公認だった学問は、どうやら奇跡を生み出していたらしい。
やがて、それは世界中に広がり、それぞれの国が自分好みに作り変えていくこととなる。
氷とガラスが琥珀色の液体ごしに触れ合う音が、ようやく食卓に満ちながら、俺たちは杯を交わす。
イタリアが目を合わせてきた。笑顔だった。俺も少し口角が動いた。
年月を知る酒が嬉しかった。
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