甘い酒だなと思った。もっとアルコールの沁みるものばかり抱えている自分としては少々物足りないが、目の前の知人……残念ながら友人と呼べるほどの関係ではない……は満足そうに嚥下している。
白い花崗岩を磨いて作られた小さな杯は、飴色のとろりとした液体をなみなみと満たしていた。会議なんかで、お前は酒が何たるものかとわかっていないと叱ってくる西の方の古参の奴らに、たまに無理やりウィスキーやらぶどう酒やらを飲まされるが、複雑な味ばかりで飲んだ気がしない。大体うんちくや何やらを語ったって所詮酒は酒だ。酔えればいいのだ。身体を暖められればいいのだ。おまけに、安くて戦場で消毒にも使えるなんて最高じゃないか。貴重な酒を味わうより、同じ値段でたくさんの人が、隙間風が通る部屋の寝返りを打つたびに壊れるかと思うほど錆が鳴くベッドでさえも、羽毛のようだと勘違いして寝られるほうがいい。だから、それ以上に甘い甘い、甘すぎるくらい甘い酒は、自分は同じ小さな杯で一杯しか付き合わなかった。
それでも酒からは、穀物の匂いと土の匂いがした。氷に覆われることのないふかふかの土だ。きっときれいな花も育てられるだろう。なるほど、だから花の蜜のように甘いのかもしれない。
杯が石特有の硬質な、でもガラスとは異なる音を立てて、螺鈿細工の机に置かれた。脇には珠が六つ並んだ算盤と硯が退けられている。突然の訪問なんかするなと怒られたくらいだから、ほとんど片付けていなかったのだろう。ごめんね、と口だけはそれらしい言葉を出した。
彼は、小さな杯でも両手で持つ。自分より一回り小さな手で、細い指できちんと持つ。大きな瓶だって数本の節だった指で煽る自分とは対照的に。丁寧に、丁寧に。
いいね、丁寧なものは好きだ。この彼の弟も、そういう所作がすこぶる丁寧で、そこは好むべきところだ。
振る舞い酒なのだと言った。仕事で向かったところで偶然結婚式があって分けてもらったそうだ。
自分たちは、もちろん普通の人には国家として認識されることはないのだが、どこか拝まれたり仰がれたりそういうことは多々ある。特に感受性の強い子どもたちや、国というものに対して慈しむ感情を強く持つ人たちには。なお、本質を見ようとしない狂信的なナショナリストには、決してそれは感じられない。
海風のする川のほとりにあったその村では、女の子が生まれると酒を仕込み、土中に埋める。豊かな土の発酵を受けたその酒は、その子が結婚するときにこうやって開封して振舞うのだと話してくれた。
「君はしないの、そういうの」
「さすがに四千年は持たないアル」
「そうじゃなくて、毎年仕込んでさ。数十年後に開ければいいじゃないか。僕らにとっては大した時間じゃない」
そんなに美味しそうに飲むのなら、なおさら。回数は多いほうがいい。いっぱいある方がいい。
一口飲んだ彼は、ふぅとため息をついて見上げてきた。頬や、杯に添えられた爪は酒の色よりもずっと朱に近かったけれど、しっかりした声だった。
「一生に一回じゃないと価値ないヨロシ」
今度は自分がふぅんとため息を吐いた。よくわからないや。変なの。
遠くからかすかに祝いの花火が、近くではそれを知らない虫たちが大いに夜空に響いていた。
fin
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