終戦後の日本さんとアメリカ君です。腐向けではありませんが、日本さんの行動のモデルが当時の上司なので、デリケートな範囲のためパスかけさせていただきました。</p><p> ダメそうな方はまわれ右でお願いします
もう十月も近いというのに、アジアの海はだらだらと街をインディアンサマーにし続けていた。
しかし、現在ここを街というのは、あまり正しくないだろうとアルフレッドは思う。
上司から派遣された地は、対ソ前線として極めて重要な場所であり、既に半年近く前に講和が終了しているヨーロッパより目下のところ白熱している。アルが本国の上司でなく、わざわざこんな離れた指令部のトップに随行したのも、微妙な外交駆け引きが必要になったからだ。
戦争というものを幾度となくアルフレッドは体感しているが、国土のほとんどを占める大陸への攻撃を加えられていない彼にとっては、戦争中よりそれが終わった後、世界が大幅に変わっていく過程の方がシビアに感じられた。
少なくとも街としての機能を有していないこの地に住む人たちにとっては、世界は大幅どころか180度変わってしまったことは確かだろう。
ドアが揺れた。前に少し、後ろに少し。開けるのに戸惑っているらしい。どうやら開け方がよくわかっていないようだ。
おかしなものだ。洋風の建造物だって、今のこの国は結構あるのに。
司令部による統治に置かれた国が、ようやくアルの執務室に入ってきたのは、数十秒経ってからだった。
久しぶりに会った彼は軍服姿でも、民族衣装でもなかった。アルの上司や部下たちもよく着る品のいいモーニングだった。
開国された後も、ある時は近代文明を教える指導者として、ある時は敵性国家として度々対峙してきたが、相変わらずよくお辞儀をする。
「サムライの格好をしてくるんだと思った」
「ここで腹を切ったらご迷惑がかかるでしょうから」
松葉杖で足を引きずることを差し引いても、アルの肩ほどの高さしかない口から、彼は静かに笑った。
刀の代わりとなった松葉杖は、椅子に立てかけて、フォークをサーモンのムニエルに突き刺した。
足と腹とに風穴が開いているはずだが、意外に食欲はあるようだ。それともそれも強がりなのか。
いや待てよ。
彼と彼の周りは終戦直前でも飢えることはなかったとの情報があるが、アルの臨時の上司が最初にこの地に降り立って近くのホテルに宿泊したとき、卵の二個も用意できないほど食糧事情が悪化していたらしい。
それからあっという間に軍艦と本国から食料が運ばれたのは、また別のお話だが、アルたちのような存在にとっては重要な事案だ。
自分たちは、直接食事を摂取することは、どちらかといえば嗜好的なものであり、エネルギーの多くは国民が摂取しているもので活力を得ている。怪我だけでなく身体そのものが弱っているのは確実だろう。
近代国家の時代になってから、このように敗戦国を戦勝国が完全に支配下に置き、統治を行うことは極めて珍しいケースである。
内政に関与し、外交権は完全に取り上げるつもりだ。そうでないと、ここは共産国家に付け込まれるのは確実であり、予防注射もなしにマラリアに立ち向かうようなものだ。植民地をほとんど持たない自分にとって、どこか甘美な響きさえあり、新しい武器を手にいれるような高揚感があった。
逆に目の前の彼にとっては、屈辱だろう。ついこの間まで、既に降伏した仲間を尻目に一人で戦っていたのだから。
助命を乞うだろうか。
アルは、国としてはそれほど長く存在していないため、目の前で国がなくなるところを見たことがなかった。それを目撃するのもいい。
元来反骨精神旺盛な自分だ。助命嘆願をしてきたら、それに反発するのは大いにありうる。
このビルから簡単に見下ろせる数十メートル先の宮殿らしくない城に上司と住んでいた彼は、会談に合わせてこうしてやって来ている。夕餉を共にしているわけだが、質問にしっかり答えるもののしばし咳き込んだ。火傷の熱が、喉にも残っているのだろう。
上司の話、キョウトの攻撃回避の話、犯罪人の逮捕、プレスコード。
他の国が聞いたら、こんなもの押し付けやがって!と怒り狂うだろう政策でも、わかりましたと抵抗なく彼は頷いた。何度も頷いた。
水でもどうだいと聞いたら、彼は理由もないのに笑って、
「葉巻はありますか。一回ハバナ産を試してみたかったんです」
と言い、ナプキンで口を拭いた。
銀器の汚れはほとんどない。引きこもりから、半世紀ぐらいしか経っていないのにテーブルマナーは完璧だ。自分より食べるのが上手いかもしれない。
こういう何をやらせてもそつなくこなす特質が、他国から恐れられ、忌避された原因だったのかもな、とアルは思った。
だけど、上手く食べられたご褒美として、葉巻はあげることにした。似合わないと思ったのが、顔に出たのだろう。
「長年生きてきたので、これでも嗜みがあるんですよ。あの人のパイプをもっと長くした煙管という道具がありましてね」
アルは外見年齢は未成年であったので、紙巻を面白半分で何度か吸ってはいたが、葉巻までは手を出していない。煙いばかりで美味しくないから、ハーシーのチョコの方が好きだ。外交でシガータイムは重要だからか、気の利く部下が用意してくれていたことに感謝しつつ箱を差し出した。
子どものような指が、葉巻を摘む姿は不思議な光景だった。
支給品として持っていたジッポで火をつけようとしたけど、なぜか自分の手が震えて上手く火が当たらなかった。何を畏れているのだろう。自分は完膚なきまでに勝利したはずだ。
パールハーバーやイオウジマやオキナワの名残だろうか、それともこれから起こる何かへの予感だろうか。ヒーローなら、予知能力ぐらいあってもおかしくない。
理由は自分だけではなかった。彼の指も震えていた。葉巻の先で拡大されている。
火を恐れるウサギみたいだ。目も大きいし、身体も白い。鳴き声も小さい。
仕方なく、自分も葉巻をくわえて火をつけた。簡単だった。
「それで君は。これからどうしたい」
「責任は私にありますので、民を助けていただけられれば、腹を切るのみです」
困ったな。そんな言葉を聞いたら、全力で助けてあげたくなる。
反骨精神は、彼が腹を切るのを留める方向に働らこうとしていた。
<君の『助ける』は押し付けがましいんだよ>
どこかで聞いた声がしたけど、気にしない。嫌いな相手のことをいちいち気にしていたら身が持たない。
二本を近づけたら、顔も近づいた。テキサスの数センチ先だ。
彼は黙って火を受け入れる。
燻る煙がやがて大きくなり、柔らかな炎が彼の大きな黒い瞳に映った。
fin
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