ポークフライを浮かべたスープヌードルをすすっていたアメリカが顔を上げた。ヌードルの場合、さすがに食いながらしゃべるという器用な芸当は発揮できない。
「あのボリュームなら、IMAXでもう一回見るのもアリだね! いやー、よくあのカメラで撮ったものだ。カナダもたまには良い製品出してくれるな!」
ロックフェラーセンター近くにある最新のシネコンは、画面もでかく、音響も良かった。この種の映画を見るには、理想とも言えるだろう。
俺自身の好みは、どちらかと言えば古典的文芸作、もしくは現代社会を切り取った前衛的な作品なのだが、うちの出身の俳優もかなりアメリカには世話になっているので、誘われれば付き合いで見る。べ、別に誘われて嬉しいとかそういうんじゃないからな!うちの出身の関係者のためだからな!!
実際、今日の映画の監督はロンドン出身だし、主役もイギリス人だ。他にも多数参加している。珍しくもない。
上映後、中華が食べたくなったと連れて行かれたチャイナタウンの場末の店は、アメリカの上司や部下たちが見たら卒倒しそうなほど、「庶民的な」レストランだったが、意外にもロンドンの高級店に負けない料理を出した。中華に関しては、比較的好みは合う。
店主は女房に平手打ちで殴られているのだけれど、まわりの客は広東語をまくし立てながらまったく気にしないで食べている。
「あ、さっきのシャークフィンの点心、もう三つお願いするよ! でね、あのコミックそのままの車と、そこからアレンジを加えた二輪車の疾走は、コーナリングも極めて納得いく形で」
確かに、香港のシーンがあったので、何となく中華を食べたくなった気持ちはわかる。俺もあまり食欲はわかないものの、汁物なら摂りたくなっていた。売店で買っておいたソーダは(そんなところで出される紅茶を俺が飲めるわけがない)飲めないまま、エンドロールの頃には気が抜けてぬるくなってしまったのだ。
理想を言うなら、映画に出てきたザ・ペニンシュラのアフタヌーンティーに行きたいところだが、さすがに今から行くわけにはいかない。パークアベニューを南に下ったこの移民街で我慢しておく。大体、そんな理由で行ったら、香港ににっこりと『サヴォイのレベルでもダウンしましたか?』とでも皮肉を言われることだろう。レベルの問題ではなく、ロンドンの旧市街の景色を見るか、高層ビルと海に囲まれた展望を見るかの違いの問題なのだが、アイツは屈折している。
そんなわけで、ワンタン入りのスープをレンゲですくった俺は、ぼんやりと目の前の男を見ながらオンボロのジェットコースターで揺らされた後のような余韻に浸っていた。アメリカは食べながら、レミントンの重い弾のように感想を吐き出しているが知ったこっちゃない。
「何より、クライマックスの爆破だよ。ビル爆破は最近は見慣れてきたけど、あのタイミングと演出、おまけにユーモアまでちらつかせて。大傑作だね。もう一回見に行くつもりさ!」
アメリカが唾も飛びそうなほどしゃべっている感想とは大きく異なる感情が、俺にこいつの顔から目を離せずにいられなくさせていた。そんな俺の態度を、じっくり話を聞いているのだと勘違いしたアメリカは、こうしてメニューの上から下まで制覇しながらのしゃべくりを終わらせないでいるわけである。
見慣れた顔だ。眼鏡と手足で大人びたように思わせるけれど、ふとした目が瞬きをするときや、頬の小さなそばかすが、幼い頃を思い出させる。
日本に頼んだらあのスーツを作ってもらえるかな、と喜々として話すアメリカに、俺はああと生返事をした。
だけど、残酷な遊びを繰り広げた少し若い頃の彼の姿を俺はよく知っている。それは例えば数十年前、それは例えば十数年前、そして例えばごく最近。
どれもアメリカは平気な顔をしているけれど、手痛いしっぺ返しを食らっていた。そして、アメリカはその度に新しくて強い対策を創り出す。その繰り返しだ。
もちろん、それはかつての自分も思い出させるわけで、ルールを無視した残虐の楽しさも知っているし、その依存性もわかる。
だからこそ、カードゲームの表と裏のように、アメリカの顔が、主役にも、敵役にも見えてしまってしょうがなかった。
アメリカは笑う。楽しいからだ。
アメリカは暴れる。正しいからだ。
あくまでもそれはアメリカ個人にとってであり、まわりのルールからはいささか外れていたりもする。
それなら、俺は。
「まあ、俺はヒーローだからね。君がああいう状況になったら助けてやるぞ!」
「馬鹿。コミックのヒロインは巨乳じゃねーとダメだろ」
「最近はそうでもないよ。スパイダーマンのヒロインも映画では貧乳だし」
それなら、俺はお前を育てた責任と、お前への慈しみから、お前が正しく行くことも、お前が踏み外すことも、両方道連れになってやる、極めて正確な英語を話す執事にでもなろう。
お前の名を借り、それでお前の本質を思い出させる鏡になろう。
愛想のないウェイトレスが、どっしりした白磁のポットをテーブルに置いた。プラスチックのテーブルに衝撃が加わりちょっぴりこぼれた雫からは、ほんのり苦めの茶の香りがする。
「え、これ俺頼んでないよ」
アメリカは、少し前にダイエットに励んだ時期を思い出したのだろう。中国のアドバイスに従い失敗したのを知っているので、俺は自分で得意とする笑みを浮かべて言ってやった。
「いや、俺の注文だ。この老いぼれ、ジョーンズ様が暴飲暴食をなされるのが、心配になりまして用意させていただきました」
「;気持ち悪いな。そういうプレイなのかい」
何とでも言え、このバイオレンスジャンキーめ。
fin
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