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Pannotia

ヘタリア好きが懲りずに作ったブログ。元Pangea。今回も超大陸から名前をいただきました。 CPは独普・米英米・独伊独・西ロマ・典芬・海拉・英日などなど。NLは何でも。にょたも大好き。史実ネタ時事ネタねつ造たくさん。一部R18あります。 その他作品として、デュラララ!!(NL中心)とサマウォあり。

   

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愚か者の知恵・前編 (独普憫・R18)


 微妙に一般人登場の上、子どもねつ造、消失ネタ(ていうか、死にネタ)と、よくこれだけ詰められたわと自分でも呆れます。
 おまけに、ばっちり年齢制限です。

 モチーフは、某IQ70だけど愛は知っている大富豪の映画。映像も脚本も神映画です。

 長いので前後篇に分けています。




 
 開発から取り残された地域は動物たちの天下だ。シュヴァルツバルトに限りなく近い大自然で、悠々と彼らは闊歩する。中でも森の主とも言える存在は鷹揚としたものだ。
 彼女は黒鷲だった。
 逃げる生き物たちをも明日にとっておくかのように猛禽類らしい直線的な目を保ちながら、ゆったり飛翔していた。
 森を抜ける道路は舗装も大してされず、最も硬い存在は彼女の持つ黄金の鉤爪ばかり。宝石を見せ付ける古代の王族さながらに自慢の武器だった。
 動く度に落ちる黒羽を主は気にしない。この森が再開発で電子回路の工場になることも知らぬまま。
 
 しかし、一枚の羽は自由にのり、つむじ風にのり、重力に引かれたと思いきや、逃げる動物の起こした空気にまた浮かび、旅をした。
 距離にして数十メートルだったが、羽にとっては十分な旅であった。
 
 黒鷲のような存在を探していたが、気づくこともなく帰ろうとしたカメラマンは路頭に迷っていた。
 奇跡的に車が止まった。第二次世界大戦前から使っているような国民車……フォルクスワーゲンのビードルは、骨董品に近いものだったが贅沢は言えない。東側は万事がこういう調子だ。
 運転手がパワーウィンドウを開いた。驚いた。どう見てもアンティークの車に、自動で開く機能がついているとは。もしかしたら、カスタムがしてあるのかもしれない。
 ハンドルを掴む皮手袋が古臭いとは言え、きちんとした高級そうなシャツを着た青年は、ブロンドのオールバックが整った、美丈夫と言っていい外見であった。やや車が小さい分、身体を窮屈そうにしていて、靴までも磨耗した窮屈そうに指が出ているものだったが。
 
 黒い羽が交渉のため開けられた車窓より入ってきたのは、そんな瞬間である。
 
 
 
 
 
 
 
   『愚か者の知恵』
 
 
 
 
 
 
 
 
 ルートヴィヒと呼べばいい。
 住まいか? 今のところボンだ。仕事でハンブルクやフランクフルトあたりも飛びまわっているが。
 そちらも何度か行ったことはある。良いところだな。少し自らに甘いところがあるが、いや、これは個人的な知り合いの話だ。
 そんなことより、まだ政情も不安定なのになぜ来たんだ。
 
 なるほど。確かに興味深いかもしれない。この地は荒れ果てたとは言え、美しいからな。本当に美しかった。
 春の柔らかい草地も、夏の涼しげな緑も、秋の染まりも、冬の白い肌も見事なものだ。
 だが貴様、志だけでは世の中甘くないぞ。死ぬつもりか! 旧共産圏では水食料確保しておくのが常識だ。以後気をつけろ。弁明は認めん。
 まあ、靴は良いものを履いているな。歩きやすそうな良い靴だ。何、足が痛いだと? 鍛錬が足りない証拠だ。
 
 俺の昔の知り合いが言ってたんだが、靴はそいつの人生を現すそうだ。
 働き者なら磨り減るし、そうでなければ磨り減らない。かかとが磨り減る者ならふんぞり返っているし、つま先が磨り減る者は謙虚だ。いつもかかとばかりが磨り減っていたあいつは、そのことをむしろ自慢してたものだ。根拠はよくわからんが。
 
 腹が減っているなら、クーラーボックスの中にヴルストがある。土産代わりだが、元々多すぎるからな。俺なら150万個ぐらい食べられる。冗談だと思うだろうがな。
 タッパーウェアの中の分は、加熱済みだ。土産先にまともな台所があるかどうか不確かだったからだ。
 
 ああ、ケッパーの多いのに当たったか。外国人にはきついかもしれない。
 笑ってすまない。昔の知り合いの言葉を思い出したんだ。
 人生は、ヴルストみたいなものだ。食べてみないとどんなものかわからない、とな。
 確かに、あいつはどんなものでも食べた。生のジャガイモだろうと、何が入っているか考えたくもないようなヴルストだろうと、文句を言いながら皮や脂のひとかけも残さず食べた。
 
 だからだろうな。
 美味いヴルストを食わせたくなったんだ。もうこちらでは長いことロクな肉が手に入らないと聞いたから。
 きっと、粗悪品を食べさせたときと同じような文句を繰り返すだろうが。
 
 ああ、これから会いに行く相手だ。長いこと会っていない。
 俺の兄だ。
 
 そうだな。ジャガイモとヴルストのような片割れだ。何? 話を聞きたいと。
 きっと普通の人が聞いたら吐き気がしてしまうような話になってしまうが、それでもいいのなら。
 まあ、俺は色んな人間を見てきたせいで、多少は見る目がある。貴様は大丈夫だろう。偏見のある人間もだいぶ減ってきたものだ。
 とは言え、たまに昔の地獄に戻りたがる物好きな剥げ頭たちがいたりして、耳が痛いがね。
 
 こうしてアクセルを踏んでいると、初めて強く金属を踏みしめて、地面を駆けたことを思い出す。
 靴を最初に履いた記憶はないが、その瞬間は思い出せるな。
 そのときから話してみようか。
 
 
 
 
 
 
 あいつとは長い付き合いになる。もう数えるのも馬鹿らしいくらい。
 俺の物覚えが付いた頃から、既にあいつは戦っていた。俺は身体も小さいやせっぽっちで……何がおかしい、そういう時期もある。ともかく、とても崇高に見えたんだ。
 
 あいつの戦う姿は本当に美しかった。戦神ギルベルト・バイルシュミット卿、そう呼ぶ人間たちと一緒のときは、俺もあいつをそう呼んだ。戦神は流石に取り外させてもらって。だが、俺以外は結構使ってた。敵でさえもため息をついたほどだったから。
 手綱は小指で引かれ、空いた指は馬の腹に当てながら、利き手は敵の喉仏を確実に突く。返り血はほとんど浴びない。なぜなら、戦場のさなかで将に安心を伝えられた馬は、得意げに走り去るから。
 わずかな血は、白銀の髪に栄え、鞘に収まることのない剣は、赤の混じった目を映し、次の獲物を探す。まるで肉食の鳥のようだった。さしずめ巣を狂ったように守り、雛の餌を駆る母鳥か。生存本能に近かった。
 味方の中には、あいつを黒羽の天使と評した者もいたよ。気恥ずかしいが、それには思わず頷いてしまった。肌や髪の基調は白なんだが、妙にあいつには黒が似合ったんだ。今思えば、それは単なる血や野戦の汚れを目立たせないためだったんだろうけど。
 
 進むぞヴェスト、走れヴェスト、走れ!
 
 俺は鐙を必死に踏んだものだ。鐙は馬に刺激を伝え、身体を進ませた。金属が壊れるんじゃないかってくらい必死に踏んだ。いつもの遠乗りや狩りじゃない。これは戦争だったんだ。
 あいつはよく走った速かったと褒めてくれた。嬉しかった。
 初めて飛んだ雛鳥の気分だった。飛んだというより墜落したくらいのものだっただろうけれど。
 興奮状態になると恋愛感情が発生しやすいとはよく言ったものだ。俺の墜落は、惨状から返り血だけをつけて帰って来たあの男に頭を撫でられたこの瞬間に始まったんだと思う。
 
 その日は、ビールを15本飲まされた。トイレに何度も行かざるを得なかった俺をあいつはせせら笑った。
 そして、俺は鷲になるぞと言った。鷲になって世界を空から見るぞ、と。お前も一緒に神様に祈ってくれ。
 その時思った。兄弟とは何て難儀だろう、とな。
 
 俺は釘のように軍隊にぴったりハマった。
 同じ部隊に入ったときは、ヴェスト、お前は何故俺の部隊に入った!バイルシュミット卿に従うためです!クソったれめ!お前は最高だ!実に頼もしい!と抱きしめられた。
 
 あいつのベッドのシーツをきちんとしき、直立不動で指示を待ち、何か言われれば、「JA! バイルシュミット卿!!」と答え実行すればいいだけだった。
 ヴルストが食いたい、JA! バイルシュミット卿!
 豚の血の奴、JA! バイルシュミット卿!
 茹で加減はミディアムレアだ!、JA! バイルシュミット卿!
 馬鹿敬礼はやめろ、将校とわかれば射られる。死なないとは言え痛ぇんだからな!、JA! バイルシュミット卿!
 
 そうだ。盲目だったんだ。
 靴と同じように靴下も清潔を好むあいつのために、毎日新品を用意してしまうくらいには……どうして引くんだ。
 戦場ではあらゆる雨を経験する。身を刺す雨、大粒の雨、横から吹き付ける雨、時には下から吹き上げる雨もあった。その中では、靴下は簡単に濡れたので、新しい配給品をベッドに腰掛けぶらぶらさせた足に履かせる時間では、うっかりお前を愛しているから、と言ってしまいそうだった。そんなことを言ったら、眉毛を吊り上げて、どういうことだかわかってんのか、と怒鳴っただろうけれど。
 
 だが、母鳥の勇ましさも、第一次世界大戦ではもう役に立たなくなっていた。
 そうだろう。もう既に馬と剣の時代ではないのだから。軍神は機械に宿りつつあった。少しでも役に立ちたくて、安心させてやりたくて、どんどん軍神を作っては送り作っては送った。もちろん、自らも出陣した。
 一方で、もう休ませてやりたかった兄には留守番をさせた。
「……昔言ったこと覚えているか。遠くを見たいから鷲になりてー」
「ああ、覚えてる」
「そこの窓から飛び降りて骨折でもしちまえ」
「なぜだ?」
「そうしたらお前はここにいられるだろう。俺がいない戦場で弾を受けることもねーだろが」
 手袋で覆われた手を兄は取ってくれた。すでに俺の方が手が大きくなってしまっていてそれが悲しかったが、細い指だなと思った。この指があんなに重量のある剣を振り回していたとは信じられないほどに。
 
「いいかヴェスト、何かあったら走るんだ。お前は走るだけで攻撃になる。最大限にお前を守るぜ」
「ああ……、毎日手紙を書くぞ」
 
 塹壕の中で、俺のしていることを書き、あいつがしていることを聞いた。お前をいつも想っている、と。兄弟だったから、そのぐらいならおかしくないはずだ。
 お前の返事を待ちわびている、という事も書いた。やはり兄弟ならおかしくない内容だ、そうだろう?
 無事だと知らせたかった。
 でも、手紙の最後はいつも同じ。「愛を込めて、ルートヴィヒ」
 これを書いてしまったら、手紙は破くしかなかった。だから、いつもこの文末のせいで結局手紙は出せなかった。
 
 途中から劣勢となった戦場では、俺はあいつの言葉どおりにいつも走るハメになった。右へ左へ前へ後ろへ。
 走っていると助けてくれという声がして、俺は彼らを担いでやった。十人でも二十人でも、それでも全然足りなかったがな。
 
 そうして俺たちは最初の敗戦を迎えた。あいつは世界を見下ろす黒鷲になるはずだったのが、敗戦で地に落ちた。
 血のついた勲章をぶら下げてぼろの軍服をまとった俺が家に戻ると兄も服をぼろにしていた。外に出なくても攻撃を彼は受けていた。
 これが俺の中で俺たちが兄弟でいられる最後だと知ってたら、もっと何か考えて話したのだが。
 
「JA、バイルシュミット卿」
「JA、ルートヴィヒ」
 
 ルートヴィヒ、いやヴェスト。なぜこんなことに。
 たくさん撃たれたのさ。
 
 それからあいつは一生忘れられないことを言った。
 
親父に会いたい。
 
 その人はあいつの親友でもあった。
 親友はどこにでもいるわけじゃない。だが、それは俺の嫉妬を湧かせるのに十分だった。
 ぽつりと言った後、どんどんあいつは声を高くしていった。俺の襟首をつかんだ。俺はびくともしなくて、それが悲しかった。
 親父に会いたい。親父に会いてぇ。親父に会いてぇんだよ!!
 
「国にはな、もって生まれた運命ってもんがある。最初から決められてるんだ。割譲されたときに俺は消えりゃ良かったんだ。戦えなかったんだぞ!よく見ろ!わかるか?」
「……ああ」
「聞いていたのか? お前の併合のせいだ! 俺は戦場で騎士団領として果てるはずだった。そういう運命を貴様がぶち壊したんだ!じゃらじゃら勲章を見せ付けやがって!」
 痛くない拳を頬に受けた。何度も受けた。
「これは俺の運命じゃない。俺はプロイセンだったんだ」
「今だってお前はプロイセンだ」
「俺を見ろ。どう生きればいい。これじゃあ親父に会いたいのに、会わせる顔がない」
 
 この会話で、俺の心の中で兄弟という拘りは完全に崩壊した。手紙を書いても出せなくなるくらい彼を想っていたというのに、彼は違う風に思っていたんだと会話から判断した。
 回廊を取り戻してやると言ってプロイセンは去って行った。
 
 首都で大群衆の中、怒鳴り続ける新しい上司の後ろで、戦争で知った、彼に言えるたった一つのことについて考えた。
 ここにあいつがいて、俺の名前を呼んで飛び出し、俺も彼の名前を呼んで人群れをかけわき抱きしめてしまえば、最高に幸せな一瞬になるだろうと。またヴルストとジャガイモのような関係に戻れるんじゃないかと。
 だから、既に兄弟であることを越えてしまった俺の精神は、あいつを傷つけた奴らなんて潰してやろうと結論付けた。そうすれば、見込みのない活動をしているあいつを見つけ出せるだろうと。
 
 あいつがかつて言った走れという助言は、今回も役に立った。劣勢に傾きかけていけばまた走らざるを得ず、勲章と死体ばかりが増える繰り返しだった。
 この武勲をあいつに渡せたら。あいつが言うとおりにしてもらった物だ。そうしたって怒られないだろう。
 恋人だと言って渡せたら。嫌味を含んだ笑顔でいいから、永遠に恋人だヴェストとあいつが言ってくれたら。
 
 そうだ。俺は妄想の中にいたんだ。妄想の果てに、俺たちは地獄を見て地獄をつくった。二度目の敗戦はもっとずっとひどくて、ますます俺たちの傷は深まり、あいつのケーニヒスベルクも完全に失わせてしまった。
 王都だけではない。あいつからもっとも大事なものを俺は奪った。誰よりも慈しんで守りたかったというのに。
 
 そのままあいつは、また俺の前から消えた。俺の今履いている靴だけを残していった。正確に言えば、俺の前からいなくならなくてはいけなかった。
 
 詮索しても無駄だと何人かが言った。会議で定まったことだからと。一番大切な相手を奪うぐらいひどいことを俺がしたからだ、と。
 事実に相違ない。でも、あいつは関係なかった。そもそも、戦わなくても良いようにしてやりたかったのに本末転倒だった。
 消えた先はわかっていた。その親玉は得体の知れない奴で、交渉も無駄に終わった。
 
 人類が月に行く時代が来た。
 世界平和を名目に、親玉側たちとスポーツでも戦った。
 クリスマスが来る度に、信心深かった彼は祈れているのだろうかと思った。
 大晦日が来る度に、古傷は痛んでいないか、戦えないことを誰かに詰られてないといいと思った。
 
 金も稼げた。少し使った。散髪に行って、背広を買って、イタリアの料理店で食って、交通費とビールを一日3本飲んだ。あとは貯金した。タバコも吸わない女も買わない車も作るばかりで新調しない。そういう俺を馬鹿だと言った奴もいるが、馬鹿をする者が馬鹿なだけだ。
 そんな生活を送りながら、手紙は来なかったが、いつもあいつのことを想い、しあわせでいるように祈った。汚い俺にその資格はなかったのかもしれないけれど。
 高いところが好きなあいつは、きっと高いところに立っているだろう。そこから飛び降りることを考えているかもしれないし、荒れ狂う空と対決しようと拳を振っているかもしれない。どちらもあいつらしく、どちらにしても俺は側に行きたかった。守ってやるにしろ、鼓舞するにしろ。
 
 自由になったと聞いてベルリン中を探し回った。だが、行方は知れないままで、数年たってようやく居場所が手紙で来た。丁度一昨日のことだ。相変わらず、右上がりのはねっかえりの強い字だった。
 面白いことに便箋は真っ白で、表書きの住所しか文字がなかった。実にあいつらしい。
 ポツダム郊外とは穴場だった。ベルリンから30キロほどしかないが、あいつが親父と慕った上司と過ごし、その上司が眠る宮殿が近くにある。
 
 不思議な物語か、確かにそうかもしれないな。一生懸命話したからと言われても、そうだな、話すのはそんなに得意ではないんだ。必然的に力が入ってしまう。走っている方が楽だよ。
 宮殿や街を所有してしまうスケールで、剣の時代に、冷戦の終結まで続く、しかも実の兄に懸想している話なんて、きっと荒唐無稽に思えただろう。
 
 ああ、もう目的地だな。少しヴルストも持っていくといい。ホテルでまともな食事がとれるかどうか怪しいからな。
 
 許されることを祈ってくれるのか。ありがとう。
 俺も貴様の良い旅を祈ろう。この地をよく見て、知って、心に刻んで行ってくれることを望んでいる。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 ヒッチハイカーを下ろし、再び未舗装のアウトバーンに車を向けた。
 衰弱した母鳥が餌をとってこれない場合どうするか、という話はできなかった。鳥はわが子に身を差し出すのだ。生きたままついばまれ、羽はその身体に寄り添い、肉はその血となる。
 雛にとって母鳥は世界の総てだろうが、その瞬間は雛はただの生存本能を優先する地を這いつくばった獣だ。
 
 あの夜のことを思い出す。二度目の敗戦の夜だ。
 俺がプロイセンから、何もかも、その運命さえも奪ってしまった夜だ。
 
 怪我だらけになった俺の前に、やっぱり怪我だらけになったプロイセンが現れて荷物を放り出した。自分の服を裂いて包帯代わりに巻きつけながら、ベッドに押さえつけられた。震える声で、いかせねーぜヴェストと言った。
 まだ日本が戦っているからと暴れたが……あの頃は国中がそんな熱気だったんだ。今となっては愚かなことだと心底嫌な気分になるが。俺は演説場から起こった猛りが見せた地獄にまだ囚われていたんだ。その限界と頂点に達していた。
 
 もうこの通り立派な身体になった俺にとって、大分軽くなった身体のあいつを払いのけるのは簡単だった。しかし、それはできなかった。
 プロイセンが軽くなったことが怖かったからだ。いくら体格差があったとは言え、この軽さはおかしい。
 
「プロイセン、お前は病気か」
「悪いか、俺は消えるんだよ」
 
 そのとき、俺を支配した感情は恐怖だった。プロイセンは限界なのだ。戦争に二度負けて、彼にとっての王都も奪われ、もう余力がないのだ。このままではプロイセンは、動きを止めてしまうと。何も残さず消えてしまうと。それは嫌だった。
 俺は国がいなくなることを間近に見たことがなかった。はじめてみるそれがプロイセンなのはもっと嫌だった。
「何でだ」
「そういう時が来ちまったんだ。そういう時が。いいか!」
 おかしなことにプロイセンは、生気に乏しいはずの身体から驚くくらいきつい怒声を浴びせた。
「俺様を置いていくんじゃねーぞ!」
 
 置いてくのはお前じゃないか。
「置いていくのは俺様なんだ。運命なんだ。俺がお前を育てたのと同じようにな。そうだ。ちょっと待てよ、役には立たなくても渡すもんがあ……」
 幼い頃憧れた敵にしか注がれない目が、今だけは俺を見ていることは嬉しかった。一方で、このまま放してなるものかと思った。だから、肩に腕を伸ばしてしまったんだ。
 プロイセンだって爆撃で同じくらい怪我をしていたことを知っていたのに、俺は多分、あの時、まだ獣の時間のなかに取り残されていたのだろう。プロイセンが途中で声を失ってしまったところからして、俺はどれほどぎらついた目をしたんだろうか。
 
 プロイセンは震えたが、その姿勢を変えなかった。ただ一言、絹のまつ毛を動かして。
 なら、ここに居続けてくれ。そう言った。
 
 彼はもう飛べない。
 俺のために飛ぶことはない。ならば、今は飛ぶことのできない俺のものだ。太い腕を伸ばせば届いてしまう。掴んでしまう。
 
 声を出した形のまま、肩の腕をずらして柔らかい髪を抱えた。深く口付けた。身体の痛みなんてどうでもよくなった。あまりに吸ったため、プロイセンは咳き込んだ。反射的に赤みが増した眼球を食ってしまいたかった。それほどに飢えていた。
 勢いは止まらず、乱した襟元から胸筋や浮き出た肋骨を手のひらで感じながら、指を舐めた。風呂に入っていない分、埃と硝煙の匂いが濃厚な腰を寄せた。既に半分近く裂かれていた服は簡単に千切れた。奥を触った。
「んっ。ふぁあっ」
 あいつの身体は、他の国よりずっと濃い血が通っていると思った。身体が白い分、中に濃縮して詰まっていて、だから吸い尽くしたくなるのだと。でなければ渇望の理由がつかない。細腕でプロイセンは自らを支えきれなくなり俺の胸に倒れたので、俺は体勢を変え押さえつけた。
 目を閉じて、薄い喉元をさらけ出したプロイセンは、破れかけた軍服を着たままにも関わらず、マイセンの時を止めた裸婦のようで、何を仰いでいたのだろうか。神か地か、それとも涅槃か。
 いずれにせよ、唇をかみ締めているのが辛く見えて、指を噛ませた。痛いと言ってくれれば、そのとき俺は我に返ったかもしれない。いや、やはり返らなかったかもしれない。そのあたりは、今でも予想がつかない。
 侵入する瞬間、プロイセンは少し笑った。まるで昔の冒険譚を聞かせながら眠りに落ちる寸前にうっとりするような。遠い夜に同じベッドで寝た記憶が思わせるのか、本当に彼は笑っているのか。
「うぐっ、あっあぁ」
 強引さに笑う形の口から、空気が漏れる音がした。生まれて初めてプロイセンは刺されたのだ。反吐ぐらいは出してもおかしくない。
 プロイセンの唇が動く。整った歯が見える。
 だけど、その声は俺に届かない。それでもプロイセンは俺に呼びかける。その声は耳に届いても脳には伝わらない。それでもプロイセンは俺に笑いかけた。
 背中に爪を立てられた。今でもすぐ戦えるために、短く切っている爪だ。もっと深く立ててくれた方があいつを感じられたと思うので、切らなていなければ良かった。そうしたら、食い込んだまま放されないでいられる。
 このまま、俺を食い殺してしまってもいい。それで、お前が留まっていられるならば。
 鎖骨の血管が荒く細かい呼吸のたびに拍動する。足りない。血が足りない。何百年間焦がれ果てた液体を詰めた食べ物が、ようやく手にはいった喜びと恐怖にあえぐ感情の高まりのままに突き進んだあまり、かじりつき、喰らいつき、そうして俺は果てた。
 手のひらをじんわり濡らしたプロイセンは、やっぱりオルゴールのマイセン人形が動きを止める寸前のように揺れた。終わらせるかとばかり、俺は強引にまた巻いた。今度は衣が邪魔になり、一枚一枚剥ぎ取りながら。
 
 ヴェすと、ヴェスと、ヴェスト。 ヴェス、トォ。
 軋んだモーターのようにプロイセンは、俺を呼び始めた。
 呼応するように俺は食欲優先の快楽から、今度は悦楽を求める快楽へ俺の身体は移行していった。ちょうど、肉を獲得した雛が、今度は暖を残された母鳥の羽に求めるように。
 
 俺は彼をできる限り絞ろうと動かし続ける手とは裏腹に、一度も優しい言葉を与えなかった。あんなに望んでいた相手を目の前にしたというのに、俺が行動した理由は愛なんかじゃなかった。単なる獲物を留めておきたいという捕食衝動だった。
 
 動物的な勘に鋭いプロイセンは多分、それに気づいていたはずだ。だが彼は、最初から最後まで、拒絶の言葉を口には出さなかった。
 その赤い目は涙を出さなかったけれど、代わりにどんどん彼を構成していた、戦士としての自負とか俺との関係とかが零れていくことにさえも、俺は興奮した。
 














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