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Pannotia

ヘタリア好きが懲りずに作ったブログ。元Pangea。今回も超大陸から名前をいただきました。 CPは独普・米英米・独伊独・西ロマ・典芬・海拉・英日などなど。NLは何でも。にょたも大好き。史実ネタ時事ネタねつ造たくさん。一部R18あります。 その他作品として、デュラララ!!(NL中心)とサマウォあり。

   

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極光のキジバト(典芬)


 社会ネタで、しかもスーさんちの事件を扱っています。
 フィンはフィンで殺伐としています。

 ほのぼの夫婦を期待している方は見ないことをオススメします。



 詳しく知りたい方は「優生学」でWikiって下さい。





 
現実の事件とリンクしています。
 ならびにほのぼのな夫婦を求める方のイメージに合わない描写があります。
 
 生々しい描写が苦手な人、夫婦はピュアピュアで洗剤買いに手をつないじゃったりしなきゃ!みたいな方はお戻りください。私もそういう夫婦大好きですが。
 いや、BL的には全然なレベルですが、社会的に踏み込んじゃっているので。
 
 どんな女房でも、旦那でも許す!という方のみこの先へ。
 
 
 
 
 
 
 
 
 相棒と言う表現も多いが、僕は親友と呼ばれることが好きだった。
 部隊は僕らを残して既になく、びょうびょうたる深い雪濠では話し相手もいない。彼は僕に故郷の話をしてくれた。ラップランドのオーロラの話だ。あるときは優しい母や弟妹や、手紙を交わす仲だった人と手をつないで夜空を仰いだ話だ。僕にとってもオーロラは懐しかった。この世と、この世でない場所をつないでいるというその空は、だれの瞼にも平等だったから。
 かなりの重量がある僕を抱えることにも慣れた彼は、まだ幼さが睫毛に残っていた。こういう人間も駆りだれているのだ。平時なら家業を手伝って、幼い子ども達の面倒を見て、故郷に伝わる歌を毎晩かなでるような、そんな人間だ。きっと、祭でだけ桃色の頬の少女と手を取ってダンスだってするはずだ。しかし、今その手がすることと言えば、残った脂で凍らないように組みながら撫でるばかり。限りなくくすんでいたけれど、かじかんでいたけれど、ただひたすら、僕たちの後ろにいる人たちを守りたい、そういう想いに支えられている。
 平原には兎の足跡さえなかった。獣の声がして欲しかった。彼が食える肉を獲ってやれるから。そうだな。鳥がいい。においも少ないし処理が楽だもの。
「いくぞ、スオミ」
 
 ああ、獣より当て易い標的が現れた。行こう友よ、行こう。打って出よう。
 
 嫌だ。出たところで一体どうなる。仲間なんてもういないんだ。押しつぶされる。何人同胞も殺したんだ。見殺しや安らかに眠らせるだけならまだマシだ。僕の身体を奪って、向こうが勝手に使うんだ。
 
 祈りも、もはや必要ない。君が僕の引き金に力を少々加えて、新しい火ぶくれを厚くなった皮膚に作りさえすればいいだけだ。
 
 何のために。何のために戦ってるんだ。もう無駄じゃないのか。これ以上、傷を負って何になる。
 
 大丈夫、雪がすべてを隠してくれる。音も、罪も、何もかも。戦っているのは君じゃない。僕だ。
 兵器で、大地で、空で、国家たる僕だ。
 
 何が大丈夫だ。数百年前と変わらないじゃないか。手段が変わっただけで、何も変わっちゃいない。この雪の下には、いくつの層が重なっているのだろう。赤ならまだいい。きっと斑だ。もう何が埋まっているかわからない。
 兵器で、大地で、空で、国家たる僕の下にある層はいくつだ。
 
 さあ!
 嫌だ!!
 
 
 
 
 屋内だった。冷たくもなかった。同居人であり、長年気心の知れた縁者たるスーさんは毛布を持って中腰だった。
「……ひゃっけぇかど」
 
 ぼそりと、寒さを気遣ったこの家の主の表情は変わらない。いや、正確に言えば、いつもどちらかと言うと強張った表情をしているため、この種のことでも違いがはっきりしないのかもしれない。それとももう慣れたのか。
 もう空は明け方に近かったので、この程度の光量があれば、状況認識は僕には容易い。
 彼の眼鏡からの距離はほんの一センチもなく、銃口が向けられていた。僕が向けている短機関銃の発射口だ。さっきまで僕が夢の中で、自分の姿だと感じていた型の銃だ。
 
 また、やってしまった。やっちゃった。何度目だ。数えるのも嫌だ。
 もちろん、スーさんへの殺意はない。あって堪るもんか。
 この短機関銃だって、鍵をかけて凍らないように、でも劣化しない温度を保てるようにストーブから数メートル離れた床板の奥底にしまってあったはずなのに。一体、僕自身いつ取り出したのかまったく覚えていない。6キロはある重さをもろともせず、どうして寝ている間に持ってこれるのか甚だ謎でしかない。
 
 最初にスーさんと同居を再開してから、こうしたことが起きて、僕は家中の銃を売り払った。お金もそれほどなかったし。
 それでも、反射的にこうして構えてしまったのだ。家の中にない銃が、なぜか寝ていた僕の手元にある形で。どっかからもたらされるのか、それとも夢遊病的に僕がどこぞから持ってくるのか、それともそれとも夏の芽吹きのように湧いて出るのかは知らないけれど、出てくるのは、いつだって一番手になじんだ扱いやすい短銃だった。それはつまり、簡単に引き金に力を加えることができるということになる。いつか弾丸を本当に打ち出さないとも限らないし、持ってくることそのものに犯罪性があっても困る
 だから、家の中に最低一個は重い短機関銃を置くことにした。できるだけ引き金も重い奴を。手近に僕の身体は済ますようになったのか、その銃一筋になった。喜ぶことではもちろんないのだけれど、少しだけリスクは減らせたのだ。
 
 というわけでその銃は現在、僕の腕の中にあって、スーさんの眼鏡の先に向けられていた。いやらしいまでに、木製の部分も金属製の部分も油で丁寧に手入れされて光っている。これ、絶対やったの僕だ。
「すみません」
「ん、さすけねぇ」
 気遣いの言葉をかけられたが、どうしよう、雪濠掘って埋まりたい。
 銃を片すのはスーさんの役割だ。じゃあ、何で僕がさっきの銃がどこにあったか知っているのかと聞かれたら困るけど、また見つけてきちゃったのだきっと。肩にかけて、隣の部屋に行ったスーさんを見送りため息を吐いた。
 また同居を始めてよかったんだろうか、と。
 
 スーさんとの同居はかなり久しぶりだ。
 200年くらい前に独立はしたといっても、僕はロシアさんの管理を結構受けていて、何度かまあ、さっきまでの夢のようなことをやっていた間、独立は保てていても、スーさんと会える状況ではなかったのだ。何度か助けてもらったり、便りをもらったりはして、それはとても嬉しくて、心強くて。
 だから、思わずまた一緒に暮らさないかと言われたときに頷いてしまった。「うちさ、こ」という彼のすごくシンプルな言葉に。
 
 スーさんとの暮らしを再開して、それまで緊張を緩ませようと煽りがちだったお酒の量も減ったし、体調も良いのだけれど、いつもこんな風に迷惑をかけて申し訳ないな、と思う。
 僕がこんな状態だから、前はあった「ややこさえる」話もしない。気を使ってくれているのだろう。同じベッドで寝ているというのに。昔は冗談だと思っていたけれど、こうして暮らし始めてスーさんのところでは割とオープンで、僕が彼の女房だとしても一般的に認められるということを知った。
 俺も色々あっがら、とだけ幾度となく言うけれど、スーさんほど変わらない人というのも、そうそういない気がする。暴れん坊時代も、そうでないときも、この人はぶれない。
 
 相変わらず、毎晩手を握って眠る。僕の手を包むように。肩に手が添えられる。暖かいと思う。どきどきする。どきどきしながら、ふっと眠ってしまう。気持ちいいなぁ、と思う。こんな風に寝られるようになるなんて思っても見なかった。
 
 あんな形で僕が起きなければ、先にスーさんが起きて少しへこんでいるベッドの跡を見ていたはずだ。針葉樹が遠くに見える出窓からの朝日を受けて、かすかに滲む目を擦りながら、ああ夢じゃないんだとそっと色んなものに感謝するのだ。
 そして、こうも祈る。毎朝、毎朝。今日もスーさんを蜂の巣にしていなくて良かったと。
 何てしあわせで。恐ろしい生活だろう。
 
 
 同じ形のずんぐりとしたマグカップにコーヒーをゆっくり注いだ。スーさんのは黄色で、僕のは水色だ。
 足元では花たまごがお皿を舐めている。先にスーさんが用意してくれたのだろう。この生活を保てているのは、ある意味この凛々しい生き物のお陰かもしれない。少なくとも、この子には僕は寝ているときに近寄られても攻撃姿勢をとることはないのだから。
 スーさんは、時々すまなさそうにこの子を撫でる。花たまごの「活躍」に敬意を払っているからなのかと最初は思っていたのだけれど、ちょっと違うらしい。そういうことを詳しく説明することのない人だけれど、撫でる手を止めては抱え上げてそっと抱きしめる姿は、不思議と悲しそうに見えた。
 そういえば、花たまごってオスなんだろうか、メスなんだろうか。実のところ、見ただけではよくわからなかった。
 疑問をスーさんと分かち合おうと振ったところ、しばしば見せる目を泳がせる顔で何も言ってくれなくなったので、僕はそんなの関係ありませんねと頑張ってフォローした。あの時のスーさんの顔、久しぶりに怖いと思ったからか、その後何度もこちらが恐縮するくらいに謝られたのだけれど。そんなの僕がしていることに比べたら大したことじゃないのに。
 
 食事の支度をするのがスーさんで、飲み物と片付け担当が僕というのも、いつの間にか定着していた。交代してもいいと思うのだけれど、ん、と返事しながらスーさんはいつも台所に立ってしまう。大きな身体をのけることもできなくて、僕は今日もミルで挽いた豆の上から、そっとお湯を伝わせるばかりだ。
 だけど、自分の淹れたコーヒーが、スーさんの眼鏡を曇らせるのを見るのは好きだ。それをペパーミント色のハンカチで拭くのを見るのも好きだ。
 口に僕も、深めのローストの香りを含みながら、硬めでライ麦の粒がしっかり感じられるパンをかじる。すみっこに、チーズのペーストを軽く塗った。クリームの味が柔らかいヨーグルトには、ナッツがたっぷりのシリアルがふりかかっていて、赤い小ぶりのスプーンがいっそうおいしそうに見せていた。
 僕の失態のために早めに摂った朝食は、やっぱり美味しい朝食だった。
 
 食べられるときにすばやく食べていた昔の名残りか、体格の差で食べる量の違いからか、僕の方がスーさんより先に食事が終わる。
 なので、二杯目のコーヒーのための湯を沸かしている間、郵便受けの新聞を取りに行った。そろそろ、運ばれてきている時間だろう。花たまごも付いてきた。僕が新聞を出している間、辺りを走りこみ、ちょっとした散歩ができるからだ。
 僕たちの家の人たちに、新聞が配達される、という習慣はない。何せ、ちょっと油断すると凍って開けなくなってしまうから。そのため、普通の人たちは興味があるニュースが載っていそうな日とか何となく読みたいときに自分で買うことが多い。が、僕たちはある程度自分の体調やら何やらを把握するために知る必要があるため、上司が手配してくれている。当然、うちにはスーさんちと僕のところの主要紙の両方だ。
 テレビはそれほど見ないので、この朝食が終わった時間帯はコーヒーを飲みながら、もくもくとそれを読む時間を過ごす。元々、僕たちはたくさん話をするのが苦手なので、時折うちであった面白そうなニュース――例えば、携帯電話投げ選手権とかの結果について僕が話したりするくらいだ。スーさんは、ん、と一言返すくらいだけど、後できちんと詳細をインターネットで検索してプリントアウトしといてくれる。
 まぶしい外の清浄な冷たさがある空気を吸いながら、郵便受けの新聞を何部か取り出した。抱え込んだ一面は、どれも同じニュースだった。二つの言語とも文章の差はいくらかあっても同じ内容だった。
 いつもなら、花たまごがまだ外で走りたそうにしている間に、中に入る僕を見て慌てて駆け寄ってくるというのに、僕はもう散歩の終わった子犬に靴を舐められていることにも気づかず、もやのかかる森の中、ただ、活字を追っていた。
 ふと顔を上げたらドアのところにスーさんがいた。とっさ記事が見えないように背中に回したけれど、スーさんの視線は僕を見てはいなかった。いつもより下で目を合わせてくれない位置だった。おかげで驚かなくてすんだけれど、それが却ってさみしい。
 
「……それ読んでけろ」
「え」
「俺は、落ち着いてねど読めねんだ」
 意外と色素が薄くて重なっているまつ毛が震えていた。
 
 噛んだ唇が痛そうだ。もともと、僕たちはそれほど肌が強くない。僕がそうされて嬉しいように、少しでも気持ちを解いてほしくて、手首に触りたかったけれど。
「わかりました」
 この人が僕にそうするように、そのまま包み込んであげたいのに。そう答えるのが精一杯だった。
 
 
 
 僕は二杯目のコーヒーを二人分淹れた。ミルクも温めた。空色のシュガーポットも置いた。食事の間に飲むのでない場合、僕たちは甘くして飲むのを好んだからだ。
 もうだいぶ日が差していて、普段ならスーさんが大工仕事や洗濯をして、僕は皿洗いや機械修理なんかをしている時間帯になる。
 ソファの隣に座った僕は、スーさんにもたれかかりながら、できるだけきついアクセントにならないように読み始めた。
 
 それは、僕もかつては噂として聞いたような話だった。もっとも、行っていたとされるのは、僕の友だちでもある南の元枢軸国だったけれど。
 あの頃は、『優生学』という考え方が、世界に信じられていた。
 経済的に恵まれていない人間や、社会能力遂行に不都合な因子のある人間の子どもは、同じような人間となること、だからこそ、そうした人間が子どもを生まないようにするべき、と考える学問だ。
 その手段として、親になる人間への殺害を行った国家もかつて存在したわけだけど。
 
「……この悪魔の学問により、世界最高の福祉国家とされた我が国が、本人の同意なしで不妊手術をしてきた数は、公式統計だけでも二万名近くにわたる。
 第二次世界大戦に参加せず、中立を貫いた誇るべき我が国で、国民の関知しないうちにこの手術を正当化する条項がなくなったのは、去年のことである。
 声を上げた『優生手術に対する謝罪を求める会』は、実体解明と被害者への謝罪・補償を求めている」
 
 スーさんは動かない。僕も唇しか動かせない。
 窓の外からは、夏の柔らかい針葉を育てる光が入って、何一つ昨日と変わっていないのに。
 新聞の手触りも、まるで鉄板を持っているみたいだ。手放したい。でも、そんなことをしたら多分スーさんはますます……。
 
「最後に被害者の代表の発言内容を本紙は記そう。
『失われた命には、産声はなかった、心臓もなかった、遺伝子さえまだ決まっていなかった。だが、私たちが声を上げるのは、失われた命のためだけではない。これから、失われる可能性のある数百年先の命のためである』」
 
 ようやく新聞をたためることにほっとした。視線を自分の胸元に落として、ため息にも満たない息をつく。隣が揺れた。思わず視線を向ける。
「ん。あんがと」
 スーさんが立ち上がっていた。花たまごが遊んで欲しそうに足元にじゃれている。彼はしゃがんで、小さな生き物をそっと抱えると僕に渡した。
 そして、いつの間に用意していた格子柄のトランクを持っていた。
「どこへ」
「……俺は失格だなぃ」
「ここはスーさんの家じゃないですか」
「だから、出て行ぐんだ」
 彼が人より長い脚でよかったとこれほどまでに思ったことはない。だから辛うじて、僕はしがみつくのが間に合えた。これは、ちょっとでも緩めば行ってしまう脚だ。
 僕の腕から逃れた花たまごは、何が起こったのだろうとおろおろしているみたいに、スーさんの靴先でくんくん鼻をならしていた。
 ああ、そうか。スーさんのこの子への態度がようやくわかった。悲しそうに撫でる理由がわかった。
 
「この子を拾ったとき、ああ、残酷な飼い主もいるもんだな、と思ったんです。僕たちのあたりじゃ一晩も生き抜けない。ここは人里からも離れているし」
 背を向けたスーさんの表情はわからない。わからないからこそ言わなくちゃいけない。僕は必死だ。僕は、銃口を向けられても冷静なスーさんとは違う。違うから、ここで止めようとする。抵抗する。声を上げる。
「あなたは、この子の前の飼い主とは違います。迎えにも探しにも来ない飼い主とは」
「ややこさえなぐしたんは同じだなぃ」
「でも、あなたは、今日この記事に載ることを知ってた。記事を見る前から内容も知ってたんでしょう。もしかして、あなたが明らかにさせたじゃないですか」
「買い被りだなぃ。動ぇだんは部下どもだ」
「秘密にも出来たのに。きっと公表してない国だっていくらでも」
「まだ続けてる奴があっがら、俺が出ぇじただけげっちょ」
「スーさん!」
 叫ぶ。言わなければ、言ってしまうのも怖いけれど。
 でも、今言わなければ、永遠にこの人を失ってしまうかもしれない。だって、この人がずっと僕を引きとどめてくれたのだから。一度くらい僕だって引きとどめないといけない。
 
「僕はっ! 僕は、スーさんが燻したハムや、蒸してくれる鮭が好きです。食べるだけじゃない!」
 
 それは僕らの積み重ねたもの。
 
「僕は鳥を撃ちます。兎だって、熊だって、昨日まで一緒に暮らしていたトナカイも必要なら撃ちます。もし、必要なら……人も撃ちました」
 
 それは僕らの白い荒野の下に確実に存在し、
 
「どの命も僕が勝手に必要があると思っただけであって、向こうにとっては必要なんてなかったけど撃ちました」
 
 永遠に残るもの。
 
「今まで僕らはそうしてきたんです。僕もあなたもやり方は違ってましたが。きっと、僕らは、みんな……!」
 
 残さなくては、記憶しなければ、思い出さなければいけないもの。
 
「でも、今は違うんです。あなたは明らかにして、僕も嫌だと叫んでいる」
 
 だから、今は違わなければならない。
 
「今なぜ、この子だけを拾って可愛がるかと聞かれたら、僕にも答えられないです。でも、唯一言えることは、僕は今、あなたと暮らしているから、この子と出会えたんです。この場所であなたと一緒にいるから、この子を育てられるんです」
 
 違うってわかっていなければ、違う選択なんてできない。
 
「たくさんあやめた僕には、本来この子を抱えるべき、きれいな腕も、こんなことを言う資格もないかもしれませんが」
 
 革の取っ手を握った大きな手が少し緩んだ。震えていた。
 手を伸ばす。ようやくその手に触れられた。上からそっと当てた。暖かかった。節ははっきりしていたけれど、その手が良いと思った。
 
「お願いだから、もう一人で抱え込まないで。ねぇ」
 
 あの雪原の日々でさえ流さなかった涙を、いや、あの時流さなかったからこそ、ようやく出始めていた。
 節が開き、音を立ててスーツケースは落ちた。
 
 頭に少し重みを感じた。スーさんが背丈を合わせてくれた。昔、何度もされて、昨日も一昨日もしてくれた。
 なぐな、と言ってくれたような気がしたが、止めることなんてできない。
 だって、今泣きたいのはきっとあなたの方なのだから。それなら、せめて僕が泣くぐらい許されるんじゃないかと思いたかった。
 僕は今、あなたの顔を見ない。見ないから、今はできたら泣いて欲しい。お願いだから、お願いだから。
 
 いなくなってしまった親友たちが今の僕を見たらどう思うだろうか。笑うだろうか、怒るだろうか。いつか、オーロラに聞いてみよう。
 
 
 
 
 泣きつかれてソファで眠ってしまったらしい。ふっとおきたら毛布に包まれて、スーさんと一緒にいた。スーさんも寝てた。眼鏡をかけたままだ。僕につられて眠ってしまったのかもしれない。
 そう言えば、この人の寝顔を長いこと見ていない。体勢がきつそうだがベッドに運ぶこともできそうもないので、毛布をかけなおした。眼鏡を外して、テーブルに置いた。
 眉間の皺が起きていたときよりは、少し浅くなっていた。こうして見ると20歳過ぎに見えなくもない。
 
 そうか、と思い当たった。スーさんは、ずっとこのことに神経を張っていたのだ。僕もそれに反応してしまっていたのだ。
 多分、明日からは銃に鍵をかけなくても、何も起こらない可能性が高い。
 もう自分がこの人を壊すことが怖くなくなってしまって、形のいい耳や、穀物より色の柔らかい毛先や、うらやましくて仕方ない肩や腕に触れ、とうとう手の軟骨にそっと当てた。
 
「……あなたを信じて良かった」
 
 起きたら何て声をかけようか。どうも言葉を選ぶのは苦手だ。だけど、手だけはずっと握っていたい。このささくれや火ぶくれの跡が残る手でも、あなたがくれたものを少しでも返したかった。
 そうすることが、今の僕には必要だから。
 
 
 スーさんの目が覚めたのは、丸一日経ってからだった。
 僕の方が先に起きていた以外は、昨日までと何も変わらなかった。朝ごはんのメニューも一緒だ。きっと、明日の朝も同じだろう。
 花たまごの散歩をして、新聞を見て、家事をしたり、身の回りのものを作ったり、サウナで汗を流したり。そういう日々がまた始まる。
 
 スーさんがコーヒーを飲んでいるときに伏せられた目を少し見たりもする。うっかり目が合ってしまったりしてどきどきする。スーさんの手が伸びて頭を撫でられる。
 そういうとき、多分、これでいいんじゃないかと言い聞かせる。
 かみ締めながら、切に願う。もう二度とあの、しあわせで、恐ろしい生活に戻らないことを。
 
 
 
 
 
 
 
(FIN)
 
 
 
 
  
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 内容が、ドシリアス社会的過ぎてボツにしようと思っていたところ、マイミクの方のある日記に触発されて書き上げた夫婦です。
 めんげぇ夫婦は大好きですが、そういうのは他のサイト様にたくさんありますしね……。
 
 キジバトは青い鳥のモデルであります。極光はオーロラのこと。
 本来、ユーラシアの東の方にしかいない鳥なので、フィンのところに目にするわけはないのですが、それでも何かを信じたい、というか。
 
 青い鳥で、未来の王国という場所を主人公兄妹が訪れるのですが、そこでは彼らのこれから生まれてくる弟がいて、「お土産」を持っているんですね。その中身は、猩紅熱とかいった病気で生まれてすぐ彼は死んでしまうことが運命付けられている。それでも、生まれなくちゃいけないし、さあ、生まれようとするときを楽しみにしている。
 昔読んだきりですが、かなり深い内容だと思います。
 
 さて、スーさんの方の事件ですが、当時は結構衝撃的に伝えられたものです。実は、日本でもハンセン氏病患者などに同様のことをしてましたし、まさかのカナちゃんまで。
 参照(http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%84%AA%E7%94%9F%E5%AD%A6 ドイツのところの下の方に書いてあります)
 一番最近まで続けてきたことには驚きましたが、そこをきちんと世界へ情報を出したスーさんところの姿勢は、そうでない国々より評価もされました。偉いよスーさん!
 
 私自身は人工中絶も出生前診断も認められるべきだという考えですが、その選択でどちらを選ぶか、ということには絶対強制で行われるものではあってはならない、と思っています。
 動物に関しては、難しいところです。必要な面があるというのも理解できますし、動物実験と同様に、未来だったら「罪」になってしまうのかもしれない、と最近思ったりはします。
 
 
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