コーヒーの香りが漂うよ
メガネのない鼻先で漂うよ
かわいいあの子のキスまで三秒
ホントはね
コーヒーより甘いキッスが欲しいんだけど
キスの前にコーヒー香るよ
まぶたの前にコーヒー香るよ
ラジオから聞こえてくる音楽にスウェーデンは目を細めた。
自分のところの明るい空を思わせるピュアなラブソングがスウェーデンは気に入っていた。なんだか自分に重なる部分がある気がする。きっとこの歌手もさぞや女房を愛しているに違いないと確信した。だが、スウェーデンはうちのがめんげぇだろうとも確信していた。
狩をするときの近接格闘用のナイフを磨いていたその世界一可愛い女房は、そんな確信に浸るスウェーデンの自慢だ。
とにかくめごい。
どのくらいめごいかっていう説明をするのもできないほどめごい。
小さめの口が、ちょっと開いた。
「……あー、このラジオ局いつもこういう歌でつまんないんですよね。変えていいですか?」
「ん」
めんげぇ女房に言われて断れるスウェーデンではない。チューナーを男にしてはやや膨らみ感のある手がまわし始める。
そして、数秒後、彼らの愛犬・花たまごは家中に響いた重低音に、思わず外へ飛び出した。
「XXXX・レコード」と書かれた鋲付きの扉の向こうには、これまた鋲付きのブーツを机の上に投げ出した男が黒光りする革のソファに座っていた。事務所に入り、扉をそっと優しく閉めたスウェーデンは、ソファの主を一瞥する。
社長業をしている相手は、数少ないスウェーデンが視線を向けても怯まず、特徴的な眉毛をむしろ愉快そうに下げる存在だったりする。
「よう、スウェーデン。XXXな新曲はできたか?」
世界一下品な国家、大英帝国は、数少ない海賊という属性の発散をいつの間にこんなところに求めていた。レコード会社の名からして、ここでは書けないほど下品で伏せざるを得ない。伏せざるを得ないんだってば!!
愛する女房の趣味を受け入れることを決意した男の行動は早かった。まずは、快適インターネットでイギリスが趣味でやっているこの会社を見つけ出し、すぐさまデビューが決まった。
とは言え、スウェーデンは元々シャイな男だ。人前で歌うなんてとんでもない。
そこで会社側に出した条件は、姿を現すときは昔自分が愛用していた兜を装着して、顔を隠すことだった。もちろん、完全に隠しては前が見えなくなるので、隙間から辛うじて目ぐらいは出せている。
そして、あれよあれよと言う間にレコーディング。イギリスにたくさん歌詞は修正されたものの、デビューアルバムのプロモーションビデオは、ユーロ圏のデスメタル業界では稀に見る大ヒットとなった。
何でも「ボーカルの視線だけで人を殺せそうな睨みと、地獄から現れたかのような低音ヴォイス」が最高らしい。
きっとイギリスが色々修正しているのだろうな、とスウェーデンは一人納得した。めんげぇ女房を持つしあわせな自分には、人をにらみつける必要もない。気分は天国に住んでいるのに等しい。
「ベールヴァルド様~~!!」
すっかり女房は夢中だ。夫としてはすごく複雑だけど、女房がしあわせならこれでいいような気がする。
確かに歌なら、しゃべりが苦手な自分としても色々なメッセージが伝えやすくなるのでいい手段だと思う。
何億年の地獄を彷徨い何度も蘇る伝説の存在(らしい)・ベールヴァルト22世(芸名)の歌が流れ始める。
血マメの香りが漂うぞ
メガネの割れた鼻先で漂うぞ
ブチ切れあの子のXXXまで三秒
ホントはな
血マメより深いXXXがXXんだけど
XXXの前に血マメが香るぞ
青タンの前に血マメ香るぞ
それでもやっぱりセカンドアルバムは、甘いシナモンロールを分け合って食べる歌がいいなと思いつつ、スウェーデンは砂糖を入れ忘れたコーヒーを無言で飲んだ。
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