無防備な咽ぼとけに、自分より薄い胸に、バランスのいい脚に、触れたいと思った。触れられたいと思った。
それに、この瞬間だけは、俺は彼の弟ではなくなる期待感もあった。
懐古趣味のイギリスのズボンは、ジッパーでなく今時珍しいボタン式で、一つ一つ外していくとそれだけでうすら寒い笑みを彼は口元に浮かべた。そんなに楽しいのだろうか。
下着ごしに指の腹を押しつけてみる。
「おい、てめーだっておんなじもんが股からぶら下がってるだろーが。13歳の女子寄宿舎生じゃあるまいし」
このまま、握りつぶしてやろうかとも思ったけれど、でもやっぱり自分がイギリスを思いながら触るのと同じようにするしか出来なかった。
あ、よかった。ちゃんと眉をしかめてる。一緒に風呂に入った経験はない。この人は基本的に個人主義者だ。俺をあれだけ近づけさせたのは例外中の例外なのだ。今のこの人は、再び、世界から背を向け始めている。
そんなことを考えたら手元に夢中になってて、唇が重ねられるのに気づかなくて、指が止まって、喉の奥までイギリスに舐められてしまっていた。
当然、慣れないキスに呼吸は息を立ててしまって、お腹ごと動かさないとこのまま酸欠で倒れてしまいそうな。
ああまずい腰に来る。俺はあんたと違って若いんだ。
「……その勇気は認めてやるよ。ほらさっさと服を着ろ」
「イギリスは?」
「俺か……まあ葉巻でも吸って一息つくさ」
「俺じゃ相手にならないって言うのかい」
「それは俺が判断することじゃねーよ。お前が決めることだ」
「じゃあ、してよ。最後までしないと訴えるぞ」
「何だそりゃ……久しぶりだから手加減できなくても泣くんじゃねーぞ」
言葉とは裏腹に、イギリスの手つきはやさしかった。
いじわるなことを言われたし、無理やり言わされたりもしたけれど、それを引き出されて俺はたまらなく自分が楽になる気がした。弱みを吐く場所を、普通の国民はカウンセラーか牧師かバーテンダーに相手してもらうけれど、俺はそういうわけにいかない。何々、合衆国のお悩みは、海の向こう側の昔の兄が構ってくれないことですって、あいしてくれないことですって。
そんな話、誰にも聞かせられない。
でも、イギリス相手なら。彼の鷹揚な性欲処理のための演技としてなら、そこに不都合な真実を滲ませられた。
すき、もっと、すき、ずっと、すき、そばに……。
「――やっぱり葉巻は吸うんだ」
「吸わないとは一言も言ってねぇ」
「肺がんで運ばれちゃえ」
「残念ながらこちとら200年燻されてるっつーの」
うん、知ってる。さっきのキス、すごく苦かった。もう少しで泣いちゃうくらい苦かった。
初めて裸でしたキスが苦い彼の味なことを、俺は多分とてもしあわせなことだと思うことにした。
そのまま、風呂場で洗って、タオル片手に出たときには既にイギリスはいなくなっていて、「寝ておけ」と書かれたメモと、冷やしたレモンティーだけが置いてあった。
邪道と本人が言っているが、俺がいつだったか好きだと言った味だった。
fin
PR
COMMENT