ねぇ、ワイルドタイガー。
お父さんにちょっとだけ似ててちょっとだけ違うヒーローへ。
私はアンタなんて見たくない。だってすぐケガするし、無茶するから。お父さんが私の知らないところで、馬鹿やってヘマして失敗しているみたいで、すごくイヤ。見ていられない。
だからねぇ、バーナビー。
バーナビーは私のことを助けてくれただけじゃない、タイガーのことも助けてる。だから、私はすごく大好きなんだ。貴方のこと。
切手はいらない
うちのお父さんはオムライスを食べない。
別に卵アレルギーってわけでも、ケチャップがきらいというわけではない。マヨラーとケチャラーは天敵ではないのだ。多分。
気付いたのは、おととし、めずらしくお父さんが家に来た。その日はどうしてもオムライスが食べたかった私がおばあちゃんにせがんで作ってもらったところだった。
ところで、うちは裏庭でニワトリをかっている。庭には二羽ニワトリがいる、って早口言葉でいえちゃうくらい田舎くさいことだけど、メスのぴよ吉(オスのつもりで買ったのでこの名前だ)がうむ、取れたてタマゴは鏑木家の食卓を彩る大事なファクターだ。ぴよ吉は一日一個タマゴを産むわけだけど、おばあちゃんはコレステロールが高くてあまりタマゴは食べられない。私だって毎日はちょっときついので、冷蔵庫には大抵タマゴのストックが1つか2つある。
というわけで、我が家に卵のストックがないということはありえないのです。特に、タマゴかけごはんはおいしいよ、グロいって言う子もいるけど、えへん。
そして、おばあちゃんは、これはお父さんがチャーハン作る時もそうなのだけど、炒めごはんを作る時は、数日同じものを食べなくちゃいけないかもと青ざめるぐらいたくさん作る。まあ、文明の利器・冷凍庫さまさまのおかげで、そんなことはまずないのだけれど、そんなわけでおばあちゃんはオムライスを作ろうと思ったら、冷凍庫に入れたばかりのチキンライスを軽くチンして、ご自慢の中華鍋でもってストックのタマゴでくるんでやれば5分もあれば出来ちゃうのだ。
「おや虎徹、珍しいね」
「ああ、免許更新中に、ちょいとね」
「アンタまた謹慎食らったの! 大丈夫かい!!」
「楓~~!! ぱぱでちゅよ~~!!」
私もう九九も言えるんだけどなぁ。お父さんの中では、きっと、よちよち歩きのおしめっ子のままに違いない。ああイヤ!
ため息をつきながら、おばあちゃんはそうめんをゆで始めた。まったくしょうがい子だね、て言ってたけど、口元はほんのり笑っていた。
その時は、自分の前にあるほかほかでウサギさんのケチャップ絵を描いたオムライスにすぐに夢中になった。
けど、その次の年にオムライスが評判のレストランに珍しくみんなで行った時もお父さんは空気を読まずにチキンライスだけで注文してたし、村正おじさんまで食べている時でもお父さんはガンとして、オムレツと白ご飯だけだったりしたのだ。
でも、私は、お父さんはオムライスがきらいじゃないのを知っている。
証拠もある。4つの誕生日の写真で、お母さんが並べたごちそうの中にはばっちり大きなオムライスがあるからだ。そりゃ、お父さんはカラアゲとか別の料理を食べていたかもしれない。でも、オムライスはちゃんと3人分ある。ケチャップにはそれぞれ絵が描いていて、私のはメイプルリーフで、お母さんのはハートマークで、お父さんはネコみたいなヘンな絵だ。
写真の中のオムライスは、おばあちゃんのオムライスと違ってすみっこがコゲてないし、とろとろでお店のオムライスみたいだった。おばあちゃんのもおいしいけど、あれは絶対おいしいに違いない。
でも、私はあのとろとろのオムライスの味をもう覚えていない。
ビデオレターを見れば、顔や声はわかるけど、あの時作ってもらった、手作りのケーキのほんのりした温かみやピンク色のクリームのにおいも思い出せない。イチゴだったのか、バラだったのか。
よくよく考えてみたら、お母さんの体温が暖かかったのか、それとも病気がちって話だったから体温が低かったのかもわからない。
おばあちゃんは、お母さんはきれいな人だったって教えてくれるけど、心がきれいじゃない人はきれいになれないって聞いた。私はお母さんみたいにはなれないから、髪だっていつも結んでいるんだ。顔はもしかしたら似てくるかもしれないけど、そっくりにはなれないから、きっともっとブサイクになっちゃう。
もしかしたら、ちょっとだけ似ててちょっとだけ違うから、お父さんはここになかなか帰ってこないのかもしれない。だって、私だってお父さんやおばあちゃんや村正おじちゃんと一生会えないまま、ちょっと似ててちょっと違ういやな人がいたら、絶対顔を会わせたくないもん。
おばあちゃんは毎朝仏壇をきれいにして、お水やお供えものを取り換えて、拝んでいるし、村正おじちゃんも仏間に入る時は頭を下げる。お父さんは、どうしたってちらちら見る。でも、私はそういうのをまねしているだけだ。
だって、どう頑張って涙はでない。ルッツジャンプに失敗して転んで氷に顔面をぶつけた時とか、お父さんが約束破った時とか、おばあちゃんがお薬を忘れちゃった時とかのが、ずっとずっと悲しい。
ねぇ、バーナビー。私はわるい子なんだ。お母さんのことをけろりと忘れちゃって、お仕事がんばっているはずのお父さんに大きらいって言っちゃったりして、亡くなったお父さんとお母さんを尊敬しているバーナビーとは大違いだよ。
だからねぇ、バーナビー。
私をうんだから、お母さんは身体を悪くしちゃったのも気づいてるんだ。
毎年、私が病院に行って痛い注射してたくさん血を取った結果を、おばあちゃんがはらはらしながら確認しているのも知ってるんだ。
いつだったか、リンクのカベにぶつかって救急車呼んだ時、村正おじちゃんが後から来たお父さんを平手でたたいた事もうっすら覚えてるんだ。
なので、お父さんがオムライスを食べない理由も想像がつくんだ。
でも、どれもヒミツなの。私はそういうわるい子だから。
fin
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