ヘタリア好きが懲りずに作ったブログ。元Pangea。今回も超大陸から名前をいただきました。 CPは独普・米英米・独伊独・西ロマ・典芬・海拉・英日などなど。NLは何でも。にょたも大好き。史実ネタ時事ネタねつ造たくさん。一部R18あります。 その他作品として、デュラララ!!(NL中心)とサマウォあり。
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地獄には海がない。
そりゃ、溶岩の海とか爆焔の海とかはあるが、白い貝殻をすりつぶしたようなビーチや苔むす灯台にほのかに照らされた絶壁に泡立った波が魚を飛ばしたりはしない。
狼の一族の中でも彼らは海のような目をもっていると有名だった。だが目を見る前に魔族でさえもその牙で眼球を抉り取られるという事実も有名だった。俺はもうその海の色も濁り始めた狼を拾った。いつでも海が見られるように手懐けた。ただそれだけだったはずだ。
生物は海から生まれたという話を聞いたばかりに、馬鹿なことをした。そんな日もなくはなかった。
失ったものを蘇らすのは、地獄でもそれなりに法則性に背く行為であったため、俺はそれなりの代償を払った。
とは言え、力が減ったことは大して問題じゃなかった。身体が小さくなったのも不便ではあるけれど、狼が一人で生きられるくらいには育ったので気にはしなかった。
ただ、最近、その海に溺れてしまいたいというぞくぞくする気持ちが湧き始めてしまってからは、なおさらに。自活を知り、自信を付け始めた目が、俺に世界を反射して見せる。一人で見るよりずっとそれはきらきらしていて、優しさや活力があって、いつしかすっかり見入ってしまった。海はとうとう満ち始めている。
だけど、海はきれいじゃなきゃいけない。悪魔なんぞが浸かったら、どどめ色に汚染されちまうだろ。
ヴェストが地下に籠っている間は幸い思い切り泣けた。悪魔だって泣きたい時くらいはある。白いコットンのハンカチをシーツにしている俺はドールハウスのベッドで泣く。
籠った遠吠えが拍車をかける。
早く会いたくて、でも、自分が怖くて、だけど、またヴェストの心臓の音が聞きたくて。
あの音は好きだ。あったかいし、リズミカルだし、でも、ペースは結構変わる。例えば、患者が引けた待合室に置かれたテレビで、かなりすっとんきょうな男と、かなり夢見がちな女が抱き合って、キスをして、すきとかあいしているとか言っているシーンがあると、目ざとくたくさん拍動する。ロマンチックなやつめ。そういうところが大好きだ。
体温を思い出す。シーツの中に潜る。白衣の色と肌触りに似ている。
肩を自分で掴んでも全然代わりにはならない。何しろ俺の心臓はとうにヴェストにやってしまった。この身体に血を巡らせて温めることはしてくれない。
それでも、やらないよりはましで、抱き寄せてはため息を吐く。揺らす。
「ヴェスト、ヴェストぉ……」
ぽっかりとした場所を埋めたくて、俺はそろそろと指を後ろにまわす。放出するなんてもったいない――というか出来るかどうか自分でも怪しい。俺の自慰はもっぱら後ろだ。それも指の一本や二本じゃ全然足りない。何しろこの身体はほとんど空っぽなのだから。
「足りねぇよぉ、冷てぇよぉ……、んっ、あふぁ」
三本から始めてあっという間に飲みこんで、泡立つほどにかき混ぜてようやく身体がなじんできた気がして、悪魔に自制なんて必要ないし、俺の声はそんなに大きくもないからいくらでも出せる。地下ではヴェストの咆哮が湧いているのだから、いくらでもカバーしてくれるし、むしろそれが余計に発破をかける。
まるで自分が求められているみたいで。こんな淫らな考え方はいかにも悪魔らしくて、俺はうっとりする。誘惑につかう魔力なんてとうに果ててしまったから、無駄な錯覚だろうけれど。
「ふ、んん……ははっ、あは」
とうとう手首まで俺は飲みこんでしまった。これでもまだヴェストの小指よりも細いのだ。あの肉付きのいい滑らかな指の感触を思い出す。温かく、指紋さえも気持ちがいいに違いない。
中で指を動かして、まわして、乱して、息をつまらして、こう言う時を利用してよがって泣きまくる。
ああんああん。人間じゃあるまいし、純粋な涙なんて出せないから。ああんああん。
「貴方には失望しましたよ。かつて力を欲しいままにしてたというのに、恋に狂って泣くなんて、何と無様な」
「そうですねそうですね。ローデリヒ先生の言うとおりですよ。兄弟ごっこの何が楽しいんだか理解できないわ」
目を開くとそこには、ヴェストの同僚と上司が、自分と同じサイズになりながら、こちらを見ていた。いつもと違うのはサイズだけではない。異形に相応しい角や牙や尻尾が出ている。
「み、見て……」
「ああ、心配いりません。私たちは人間や貴方とルートヴィヒのように中途半端な恋やら愛やら性欲やら抱きませんから」
「あんだけ精力有り余っている相手から絞り取らないで、自慰に体力使うなんて、馬鹿としか思えないわね。案の定、私たちの正体にも気付かなかったわけだわ。悪魔の風下にも置けやしない」
見覚えが無い外見ではあるが、俺たちは力さえあればいくらでも姿かたちは変えられる。絶世の美女から怪物まで、思いのままだ。
看破できないほど落ちぶれたか。欲情から覚めた俺は、舌打ちした。
「てめぇら出歯亀じゃねぇとしたら何しに来た」
人形のような顔を突き合わせて、二人の悪魔はさも当然と示すかの如く微笑んだ。表情だけ見れば、長年連れ添った夫婦のようにも見えるが、そんな甘いもんじゃないのは俺もよくわかっている。
少なくとも現時点では俺なんかよりよっぽど力があるのだろう。
元々目ざわりだと嫌われていた俺は敵も多く、あっという間に追い出された。上の言うことなんざ聞く気もなかったし、力は強くても扱いにくいのが急に弱くなったのをいいことに。
「見てわかりませんか。監視ですよ。貴方の力がすべて彼に譲渡されてしまったら厄介ですからね。ただでさえ、狼男と言うのは野蛮で体力も欲望も強い。これに貴方から移った魔力まで加わってしまったら、地獄も黙ってはいられないというわけです」
「大人しくて礼儀正しくて拍子抜けしちゃったけどね。あの子本当にあんたが育てたの?」
俺は頷いた。それは確かなことだ。
瞳に海を宿している元狼の子どもの手のわずかな温かさだけを支えに、人間の暮す世界に降り立ち、そこをさすらうこととした。各地を連れまわすのに都合がいいように、俺たちは家族を装った。
――にいさん
力が有り余っていた頃より、その呼称はまるで湯が染みるように俺を満たした。
だが、それももう終わるのか。
それならそれで諦めはある程度はできる。元々空っぽの身体だ。なくなっても何も差し障りが無い。あるとしたら、残されたあの子が、この俺の下で持て余した中途半端な拍動は一体どこに。
ニセ医者、ローデリヒと目が合った。紫色の視線がこちらを透過する。
「逃げても構いませんよ。ただ、我々もしくは他の悪魔が姿を変えてまた現れるだけですが」
「ローデリヒ先生ほど、貴族的で優雅かつファンタスティックなまでにエレガントな悪魔はいないんですからね! 感謝しなさいよ!!」
「……あの、エリザベータ。あんまりこの姿で、先生先生呼ぶの止めていただけませんか。私、どちらかと言えば、仕事とプライベートは分けたいタイプでして」
「あっ、すみません。では、『あなた』と……」
「さん付けでお願いします」
「チッ……」
エリザベータと呼ばれた偽ナースは明らかに顔を歪めて思いっきり舌打ちをした。病院じゃ美人で看板ナースとして通ってたはずなのに、この変わりよう。なるほど、悪魔らしい。
「――夫婦漫才のところ悪りぃが、つまりお前らは監視だけで、これ以上、ヴェストが力を付けなきゃ何もしねぇってことか」
「ええ、平たく言えば。もっともこのままだと、その均衡も崩れそうですがね。貴方のその小さくなった姿を見るに」
「というわけで、紳士的で素晴らしく礼儀正しい麗しいまでにスマートなローデリヒさんが最終通告をされに来たわけです!」
ぱたぱた後ろで羽まで動かし始めた。二対一。多勢に無勢。おまけにこちらはすっぽんぽんで武器一つ持っちゃいない。
では、下の猛獣が気付かないうちに我々今夜はお暇します、とローデリヒが上役らしく、向上を追えたステージの芸術家のようにお辞儀をして、ガラスもすり抜けて夜空に浮いた。
「先に本体へ戻る準備をしておきます!」
勇ましくエリザベータが先陣を切り、満月に溶けて行った。
空を飛ぶ感覚なんてすっかり忘れてしまった。障害物を物ともしない方法だって。
俺は唇を噛む。それはそのまま、ヴェストを守れない現実を突き付けられているのと同じだったから。
「おい!」
「何か?」
「……お前ら病院でも今も、結構それなりにイチャイチャ仲よさそうじゃねーか。それって愛とは違ぇーのか」
ローデリヒはさぞ下らない質問であるかのように、眉ひとつ動かさなかった。ひどく月が似合う男だ。もしかしたら俺以上かもしれない。黒髪が青い光に縁取られたせいか、その色はより闇に似ている。
「私は恋なんてしておりませんよ。傍で美しい時間をあの愛らしい使い魔と永遠に過ごせるだけで十分満足なのですから」
窓なんて開けてないのに、風が吹いた。室温が一気に冷えた感触に俺はぶるりと震える。
ああ、寒い。
地下室からは開けられないというだけで、一階からかんぬきを外すのは簡単だった。
力いっぱい引けば、ほんの少し扉は開く。
灯り一つ付いてなくて、這うような声にもならない唸りと、わずかに瞬く青い双眼だけを頼りに歩いた。
「ぐぐぎうぐぁあああああああああ!」
「ヴェスト。そこにいるのか」
「ぁ、な、なぜきた、にい――ごぁああああああ!」
「寒くてな。お前の毛皮あったかそうだし」
嘘だ。
悪魔は自分では命を絶てない。これ以上、魔力の移行を止めるには、こいつの爪にかかるぐらいしか思い浮かばなかった。
「くぅ――るなぁっ」
段々目が慣れて来る。可哀そうに。蜘蛛の巣が張り、前の住民が置いて行ったらしいぼろぼろの家具の中にうずくまった毛の塊があるのがわかった。
唸り声だけで俺はそれが欲しくてたまらなかったんだ。触りたくもなる。俺は足を薦めるかいなかのところで、塊に掴まれた。いつもよりずっと大きな掌だ。
「あ、に、にぃさ――」
「来いよ」
潰されることも覚悟で俺は目を閉じる。どちらにしろ暗くてほとんど変わりはない。頬のすぐ隣には鋭い爪が連なっている。このまま握りつぶされたっておかしくはない。だけど、それならそれでいい。
ローデリヒはいけすかない野郎だが、仕事には忠実そうだった。ヴェストは監視はされながらも平穏な薬剤師として暮してはいけるだろう。
「俺な。悪魔だから、お前といやらしいことしたくて堪らなかったんだ」
少しだけ残念なのは、この位置ではあの海のような眼差しが遠いこと。ヴェストは俺にキスする余裕もない。悪夢の訪れを告げる優しいキスは期待できない。
「にいぁんが、そんなっ――」
「失望したか。お前の優しい兄さんなんて最初からいねーんだよ。いるのは、この色狂いの飢えた悪魔と、獣だけだ。そうだろ――」
言いかける間もなく、温かい粘り気のある波が押し寄せて、俺はそれに溺れた。
文字通り、顔にも肩にも頬にも脚にも臍にも雄そのものの液体に浸かった俺は、思いっきり咽た。
「かはっ、ちょ、ヴェスト……」
「ああ、はぁ。にいさん、にいぃさぁんっ」
うへっ、思いっきり飲みこんじまった。思ったより甘くて、何だこれハチミツみてぇだ。元狼らしく、まだまだ出すのを、確認のためもう一度舐めてみたらやっぱり甘い。おまけに温かくて、とても気持ちがいいと感じる。最高級のミルク風味のバスソルトを入れた風呂にも似たたゆたいに、俺は思いっきり息を吸い込んで浸かった。
やべぇ、溶けそう。このまま溺れるもんなら溺れ死にてぇ。頭では精液ってわかっちゃいるけど、どうせ俺は常識なんぞからかけ離れている。多少、倒錯的でも叱るものなんざいないだろう。
だが、ヴェストは、水たまりでの俺の遊戯を許してくれず。俺を抱きかかえた。
――あれ、俺ってヴェストが抱きかかえられるほどのまともなサイズじゃなかった気がするんだが。
確実にヴェストの右手は俺の頸から頭にかけてを支え、左手は腰から足にかけてを持っている。いつもなら片手で収まるはずの俺の身体を。
違和感は満載だけど、蕩けそうな意識にそれは追いやられて、身体の半分ほどの大きさの質量が添えられても恐怖はなかった。
出した後なのに何でこんなに芯まで滾っているのかという疑問もなく、分泌液に受け入れる体制も十分に出来てしまっていた俺は、入って来る感触にさえも、痛みどころか温かさを奥へ引っ張り込もうと必死だった。すり潰されそうな圧迫感に息が詰まる。
腹が膨れる。そりゃそうだ、数百年単位で腹ペコだった。
胸まで膨れる。当然だ。この中は空っぽで、伝わる拍動をずっと待っていた。
「あひぁ、ふあっ、あ、ああっ、ヴェストぉ!」
「にいさんっ! にいさ――とま……ん」
「いい、いいっ! おれ、ひもひぃいい、ひもひぃよぉっ」
中から脳みそまですり潰されるか、この薄っぺらな皮がはじけ飛ぶんじゃないかってぐらいゆすぶられて、その間も、びゅーびゅー液体が出たり入ったり出たり入ったり。
骨盤なんて俺の身体にはないもんだから、腰と大して変わらない太さと堅さであっても、必要十分以外の抵抗もなく、しかし吸いつくように前後左右運動に沿って、体幹が変形する。妊婦よりもずっと上までずっとでっかく腹が膨らんでは抜かれてまたぺしゃんこになって、また質量が押し寄せる。
玩具の筒になったみたいに何ももう考えられない。とにかく欲しい。欲しい。このまま、いなくなってもいいから、中からも外からも満たされていたい。
胸の奥が鳴る。怒張した血管が身体に入り込んだからだろうけど、同じ拍動が俺の中で鳴っている。うれしい。うれしい。心臓が戻って来るみたいだ。体中が歪みながら律動している。
「あぶぁ――もっとぉ、もっとぉ! ヴェストヴェストぉ、ふぁああああああ!!」
ひたりと伝わる滑らかな感触に目を開けると、そこには汗にまみれた弟の顔があった。
あれ、毎月確か、こいつ二晩ぐらいは狼のままのはずなのに、と思いきや、それは半分スプリングがむき出しになっているベッドで、俺は寒さを避けるように温かい背中に腕をまわしていた。
おや、俺はこんなにムキムキの男に腕をまわせるほど手足は長くなかったはずだが―――――って、えええええええええええええええええええええええええ!!
「37.2度。微熱だわ」
「やり過ぎましたね」
「仕方ねーだろ。あいつが離してくれねーの」
体温計を消毒したエリザベータがそれを片づける間、ローデリヒは偉そうに腕も脚も組んで俺を見た。とは言え、見下すまでは行っていない。体格は同じくらいだ。
はたから見れば、医者と患者だから、何となく立場は弱いような気もしないではないけれど。
「ことが過ぎると今度はあんたの魔力がまた強くなっているってるって、ローデリヒさんが報告しなくちゃいけないじゃない。迷惑かけんなよこの淫魔」
最後のフレーズはローデリヒには聞こえないようには言っただろうが、こちらにはばっちり聞こえてるぜこのあばずれ。絶対こいつらとは仲良くなれそうもない。
「まあ、お陰で満月休暇もなく腕も外見もよろしい薬剤師が働いてくれて、こちらの稼ぎにはなりますがね」
渦中の薬剤師はと言うと、昨晩のことを思い出しているのか、バリトンの身体に任せて、鼻歌なんぞうたっている。まったく人の――いや悪魔の気もしらないでよう。
「しっかし、俺お前嫌いだ。俺の魔力がヴェストに移っているから身体がちっさくなっているとか、嘘っぱちを言いやがって……」
「悪魔ですから、その位お互い様です。まったく、恋なんかのために涙を流してそれで身体を溶かしてしまう方が阿呆なんですよ。ほっといても狼男ってのはよく育ち発散しているものです。暴力などでね」
暴力に近いセックスをするようになって、俺の縮小は止まった。それどころか、ヴェストの余っていた精力を吸収したお陰で、元の姿を保てるようになった。エネルギーがこんな風に余ることさえある。まあ、使い方はなかなか久しぶりなだけにコントロールしにくいけれど。おかげで大きくなったり小さくなったり忙しい。
昨晩も、ちょっと料理中に火傷をしたせいか、再生のため一気に身体が小さくなってしまったお陰で、初めての時並にすんげーペニスがきつかった。息が出来ないかと思った。自分の腹がグロテスクにうねって膨らむんだぜ。悪魔じゃなきゃ耐えられないよな、あれ。
監視役らに定期健診させられた俺は待合室に顔を出した。先に仕事を終えていたヴェストがソファでなぜか育児雑誌を読んでいた。
「終わったか」
「おう」
「その、身体……」
おいおい、耳と尻尾が油断したのか丸見えだぜ。俺の診察時間は普通の患者がいない時間だからいいようなものの、昼間なら大騒ぎになるだろうに。
「だっ、だいじょうぶだから……」
「そうか。良かった」
「ほらほら、あんたたちで最後なんだからもう帰りなさいよ」
ほうきで待合室をはき始めたエリザベータに見えない奥から、ローデリヒがコーヒーカップを片手に、いかにも優男らしいウィンクをする。
はいはい、邪魔ものは帰りますよっと。
「行こうぜ、ヴェスト」
手を出す。温かい感触が近づいてくる。まだまだこちらの指先は冷たいけれど、そのうちこれも満たされることだろう。
俺は恋をしている。
ローデリヒ曰く、本当の恋をした涙でないと悪魔の身体を溶かす力なんざないのだそうだ。そりゃそうだ、そんな簡単に秘密兵器が生み出されちゃ堪らない。
いつまで出来るかはわからないけれど、少なくとも今は十二分に満足だ。肩を挟んだ隣ではいつでもこの目が俺を満たしてくれる。
「――なあ、兄さん」
「ん」
「今度の休みに遠出をしないか」
「別にいいけど、どこへ」
「海に行きたい。今まで貴方と暮した町にはなかったから」
ヴェストの手首が、少しだけ大きく拍動し始めたのがわかった。俺はそれにそっと伸びかけた爪を引っかける。傷は作らず、だけど痛みは与えて。
昨晩のお返しだ。
そして、俺は少しばかり恭しく同意を与える。どこだっていい。俺はずっと前からお前に満たされて、泣いていたのがようやく終わったのだから。
Fin
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