アーサー『べ、別にお前のために弁当を作ったわけじゃないんだからなっ!』
1、本当に俺のためなんかにならないよね、くたばれアーサー!
2、ありがとう! 今日もおいしそうだね!
3、おしたおす
「3ですよね。ええ、そりゃもう3に決まってるじゃないですか。米英ラストに突き進むためには、3ですよ。国内発売全てのゲームを網羅しつくしたこの私の経験と直感がそう伝えてます。行きますよ、この煩悩と言う名のGNP(ごはんと・なとりうむへの・ぱっしょんの略)が込められたフィンガー発進!!」
決定ボタンを、毎朝米を研ぎ、ぬかみそを捏ねる、塩気くさい指が圧迫した瞬間、私はその指がコントローラーを通り越して、一気に画面の中に吸い込まれる姿を微かに見た。
ローファーが前に進む度に、距離が近づけばいいと思う。その距離、横に30センチ。算数用の定規でぴったりの幅はそれでも近づくことはない。
電柱に張られて、少し端っこがはがれかけているみどり色の通学路表示の三番目を曲がった菊は、リコーダーを咥えたまま、ふぁーふぁふぁふぁふぁふぁれれれ、と音を出した。
何言ってんだかわかんねぇよばかぁ。
だけど、惚れた弱みからかおれは「しんしてき」にじゃあなと手を上げることしかできない。
本日の曲は、某ロボットアニメのテーマらしく、菊は早く次の「げきじょうばん」が待ち遠しいということだった。
「らーんこーきゅーな、てんちのてーじぇ」
菊におれよりもずっと大ぶりに手を振ったアルが、メロディの続きを舌っ足らずで歌いだす。
アルはかわいい。おれはアルの保育園のお迎えを「そっせん」してやることにしている。菊はアルのお迎えに行くつもりだと言えば、必ず付き添ってくれる。アルと手をつないで横断歩道を渡ったり、道路の端っこに守るように歩くと、「モエ!」と謎の言葉を呟きながら、最新機種の携帯カメラを取り出して、ぱしゃぱしゃ撮るのだ。多分、アルがかわいくておれが紳士的だからだろう、きっとそうに違いない。
おれとしても、菊が一緒に帰ってくれるのは、すごく嬉しい。
だって、菊はとってもいい匂いがする。紙の匂い、せっけんの匂い、うっすら臨海学校でかいだ海の匂い、すみの匂い、陽だまりの匂い。きっと、手を握ったら、その後もおれの手にそのいい匂いが移るかもしれない。そうしたら、とても気持ちがいいだろうな。
だけど、おれは菊と手をつないだことがない。
帰る時はいつもアルを間に挟む形になるからだ。もちろん、アルのはっぱのような小さな手をつなぐことは大好きだし、そうするのが年長者として正しいのはわかっている。
やさしい菊のことだ。おれがつなぎたいと言えば、つないでくれるかもしれない。それでも、照れくさいし、第一おれの方が一回り小さいから、手の小ささを知られたら、次の日、毛布ひっかぶって泣きながら学校に行けなくなるに違いない。
あ、想像したらちょっと泣きそう。
菊はおれより年上だ。おれは四年で、菊は六年。クラスも違えば、行事も違う。おれは臨海学校に行った代わりに、菊はと言えば、来週から林間学校だ。
「アーサー、つかれたぞ~。だっこー」
よしよしとアルを持ちあげる。ほんのりミルクの匂い。残念ながら、菊の匂いは移っていないようだけど、それでも弟がかわいいことには変わりがない。それに、さみしい時にはこの柔らかくてもちもちしている存在は、だいぶ心持を変えてくれる。
林間学校で菊の学年はフォークダンスを踊るらしい。フォークダンスを踊るってことは、手をつなぐってことだ。おれより先に、おれの知らない菊の友だちたちが手をつなぐってことだ。ずるい。ずるい。絶対、おれの方が菊のこと大好きなのに。
電柱に張られて、少し端っこがはがれかけているみどり色の通学路表示の三番目を曲がった菊は、リコーダーを咥えたまま、れそそれそれれれれみみみ、と音を出した。
何言ってんだかわかんねぇよばかぁ。
だけど、おれは「しんしてき」にじゃあなと手を上げることしかできない。
本日の曲は、某少年格闘漫画かららしく、菊は早くちゃんとした実写化が待ち遠しいということだった。
「ちゃーりゃー! へっちゃりゃー!」
両手でぶんぶんバイバイをしていたアルは、メロディの続きを舌っ足らずで歌いだす。
アルはやっぱりかわいい。おれに似てないふくふくのほっぺに、濃いめの金髪。髪質だっておれほどクセがない。アル目当てに菊がおれと仲良くしているのかな、って思わなくもない。もっとも、こうやって送り迎えをしているのは、おれもアルがいると菊と一緒に帰れるからというのもあるので、おれはいやな奴だ。だから、菊と手をつないだりする資格はないんだと思う。
アルは純粋だから、アルごしで手をつなげるだけでも良かったと思おう。そうしよう。
「アーサー、きしゅー」
おでこに音を立てて、キスしてやる。ころころ笑うアル。
林間学校で菊の学年はフォークダンスを踊るらしい。フォークダンスを踊るってことは、手をつなぐってことだ。おれより先に、おれの知らない菊の友だちたちが手をつなぐってことだ。ずるい。ずるい。絶対、おれの方が菊のこと大好きなのに。
このままおれが手をつながない間に、誰かがおれの知らない場所で菊とキスをするかもしれない。そんなの嫌だ。
おれはいやな奴で、ずるくても、やっぱり菊のこと好きなんだ。
電柱に張られて、少し端っこがはがれかけているみどり色の通学路表示の三番目を曲がった菊は、リコーダーを咥えたまま、みみみみらららららしら、と音を出した。
何言ってんだかわかんねぇよばかぁ。
だけど、おれは「しんしてき」にじゃあなと手を上げることしかできない。
本日の曲は、某月の美少女戦士かららしく、菊はこれまでハリウッドで映画化されたらどうしましょうということだった。
「みらくりゅー、ろーまんしゅー」
ばいばいのばーい、と手を振ったアルは、メロディの続きを舌っ足らずで歌いだす。
アルはものすごくかわいい。おれに似てないふくふくのほっぺに、濃いめの金髪。髪質だっておれほどクセがない。アル目当てに菊がおれと仲良くしているのかな、って思わなくもない。もっとも、こうやって送り迎えをしているのは、おれもアルがいると菊と一緒に帰れるからというのもあるので、おれはいやな奴だ。だから、菊と手をつないだりする資格はないんだと思う。
アルは純粋だから、アルごしで手をつなげるだけでも良かったと思おう。そうしよう。
「アーサー、きしゅー」
おでこに音を立てて、キスしてやる。ころころ笑うアル。
林間学校で菊はキャンプファイヤーをやる。めらめらと燃える炎は、恋心も過熱し、菊とキスをしたおれより大人っぽい誰かは、そのまま暗がりに菊を連れ込むかもしれない。
それともそれとも、肝試しをやったときに菊とコンビを組んで、手をつないだ誰かは、誰も当たりにいないことをいいことに、やっぱり暗がりに菊を連れ込むかもしれない。
菊はかわいいから、きっとそうされるに決まっている。
でも、おれは遥か離れたここにいなくちゃいけないので、ああ心配だ心配だ。菊にかんしかめらをセットしようか。とうちょうきをセットしようか。
着替えとかお風呂とか見えてもそれは仕方ないよな、だっておれは菊を守らなくちゃいけないし、きく、きく、きく。はぁはぁはぁはぁ。
「何じゃこりゃぁあああああああああああああ!!」
日本はパソコンに強制終了をかけた。
開発中の画面が真っ黒になる。
「私は確かに、米英エンドにする予定でしたのに、何でリセットしてもリセットしても、プログラミングを直しても直しても、こんな気持ちの悪い眉毛になるんですか!! ドキドキしちゃうじゃないですか!!」
もうちょっとで、どっせぇい!とパソコンをひっくり返しそうになったが、中には日本の嫁が八百万ほど入っている。バックアップを取っているとはいえ、みすみす消去させるわけにはいかない。
しかし、流石の日本も自分受はなかなかハードルが高かった。百合、蛸、触手、ふたなり、男の娘、獣。あらゆる二次元はこなせど、こればかりは未知の領域だった。
ZUGASHAAAAAANN!!
豪快な音と共に、向かいの障子が破れて侵入者は現れた。
畳の上で土足だった。日本はそのバスケットシューズに足払いをかけたいと心から願った。おまけに色々な日本のコレクションがことごとく破壊されている。
「HAHAHAHAHA!! お困りのようだね!! HEROに話してごらん!」
「取りあえず、私の長門フィギュアを直して下さい。あとセイラさん凌辱の同人誌を返して下さい」
「それは君にも出来ることだろ! もっとLOVEとか!!」
「ら……!」
その単語で思い出すのは、先ほどの熱いイギリス(をモデルにしたアーサーというキャラ)のモノローグだった。
「あ、新しいゲームだね。見せてくれよ!」
空気が読めゴルァアア!の言葉はしかし八つ橋に沈んでしまう。
パソコンをすぐ立ち上げたアメリカの前面には、イギリス(をモデルにしたツンデレ少年キャラ)と日本(をモデルにしたお助けキャラ)とアメリカ(をモデルにした腹黒ショタ)が、ディスプレイの向こうで光っていた。
落ち着くために茶を出した日本は、お茶受けのカリカリ小梅を口に含んでようやく一息ついた。ドイツに止められているが、やめられない。一日十粒食べているけど、中毒ではないと思う。多分。
アメリカは一粒で断念し、自分で持ってきたバナナシェークをずるずるすすっている。
「自分で作っちゃっているわけでしょう? それってさぁ、君はイギリスのことが深層意識でじゅるじゅるじょるろる~~!!」
「肝心なところで飲まないで下さい! 却ってひわいに聞こえます!!」
「そう思えるところが、ホンモノだと主張するよ。というわけだね、イギリス」
「え?」
CRAAAAAAAAAAAAAAAAAAASH!!
縁側が破壊されて、ユニオンジャックのパラシュートをつけたイギリスが軍装で落下してきた。手元には小型の画面があり、ばっちり日本の居間の光景を映し出している。はっきり言って、盗撮以外の何物でもない。
「お、俺の方がそんなゲームのキャラより、日本のことずっと好きなんだからな、馬鹿ぁあああ!!」
「そそそそそそんなイギリスさんまで!! どうしましょう! 何ももてなす準備もありmせん。第一、今夜は布団が足りません!!」
「そんなもん、俺たちの分とアメリカの分と二枚で十分だろ!! べっ、別にお前のためなんかじゃないんだからな、俺のためなんだからな!!」
「……やっていることは俺より重症なはずなのに、ずいぶん扱いが違わないかい? 勝手にやっていればいいんだぞ」
慌てる日本にハァハァするイギリス。
感情に対してきわめてマイペースである共通点を持つ老大国二名を置いて、アメリカはぴゅいと口笛を吹いて、スニーカーのまま帰って行ったとさ。
fin
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