行燈の灯りに、彼女は愛用の文机へ眼鏡を置いた。びいどろレンズに卵色の光が落ちる。もう月も出ていない。上弦の月はあっけないほどの早さで落ちていく。
太陽を追いかけるかのように。詩集を声に出して読むことはしない。正確に言えば出来ない。朗読すればいいのに、と褒めてくれた言葉だけで十分だった。オールドローズの縁が既
に褐色かかり始めた押し花の栞を挟んでため息を着く。贈られたときは桜色だったその色が変わるくらい流れた日々。
贈られたバラは、棘は全て切られてあって、不思議と匂いは贈った本人の方が強かった。香水を付けているのかと問うたことがあったら、きょとりとしていたのがきついとも評される眼鏡の奥の眼差しにひどく似合っていた。
こうして書を読むときに眼鏡をかける手間を惜しまなくなり、むしろ好ましいと思えるようになったのは、あの年若いレディのおかげか、それともこの香りを失ってしまった栞を見たいがためか。
どちらにしろ、当分自分は、彼女の前で、恋の詩など到底朗読しそうになく、あの秋色のまつ毛に自分の吐息がかかってしまうことを考えただけでも、このまま綿の布団の中に潜り込んで永遠に顔を出さずにいたくなる。
それでも首だけ出してひょっこり空を見るに違いない。
「イギリスさんがいたら、ない月も今見えるかもしれませんね」
日の国と評される自分より、太陽に近い女性はきっと見えない月も照らすことだろうから。
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