命題:
四年に一度という単語を聞いて、貴方は何を思い浮かべますか?
「オリンピック?」
「うるう年!」
「俺はワールドカップ派だけど」
「アメリカなら大統領選挙があるよね」
条件:
じゃあ、40歳以下と4名までの制限が付いたら?
「っていうかどんだけ4が好きなの」
Answer?
Answer?
Answer?
蝉が大量に鳴いている。街中からここまで離れれば、緑も多い。大きな自動車メーカーが拠点のこの都市圏の大学は、日本の大学にしては広々としていた。逆に言えば、迷いやすい。一旦道を違えると、延々距離を歩いて戻らなくてはいけなくなる。
「いやー、名古屋までならバイト代でいける!って思ってね」
「言っておくけど、うち宿代取るよ」
「え? 本当!」
「オレへの家庭教師代でいいけど。言っておくけど数学はなし」
「苦手なのになぁ」
「だって健二さん、このくらいならって『大学への数学』持ち出してくるんだもん。円周率一ケタ世代を見くびらないでよ。バカなの?」
さて、この少し歳の離れた二人組。兄弟にはとてもじゃないが見えない。遠い親戚だろうかと周囲が考えたところで、今どきそういうつながりを大事にしている家庭もそうそうないので、ほほえましいという感想を述べるのが多いだろうか。
しかしここは炎天下のキャンパスである。遠くではバンドや運動部の掛け声がそこかしこに響き、所々の壁には相合傘とかHIPHOPめいた落書きが若さを滴らせている。そんな短い、短い夏休み。
「ていうか、名城線乗れないとか何なの。駅名だって『名古屋大学』なのにどうして迷うの」
「それを言わないで下さい」
「どこの大学受けるにしろ、受験の時はきちんと下見することだね」
おごってもらった生協のあずきバーを舐めながら、地図片手に歩く中学生・池沢佳主馬の後ろをとぼとぼ付いていく高校三年生・小磯健二は情けないことこの上ない。大学生たちも、片方は学生だろうと思いつつもどうして子ども? 多分、中学生?しかも今どきタンクトップ?という疑問形が顔に浮かんでいるようだ。
健二の名古屋訪問は、高名な数学者の講演のためである。その時代の東大が学生運動により入試を中止したために、もう片方の日本でトップクラスにアカデミックな大学に進んだその学者は、それが幸いに転び、数学のノーベル賞と言われる有名な賞を受賞した。元々名古屋出身で、大学でも働いていた縁でここにはたまに講演に来るらしい。
「あー、どうしよう。サインとかもらえるかな……。やっぱり名前より数式をTシャツに書いてもらう方がいいかな。油性ペンは黒と赤とどっちも迷うし。どう思う? カズマ君」
「殴る。破る。捨てる」
「そんな~」
この人なら、卵と間違えて腕時計を鍋で煮たり、ズボンを忘れて出かけたりしそうだ、と佳主馬は思ったがあえて言わないでおいた。彼自身そのエピソードを知ったのが高名な学者の伝記だったことは忘れていたりする。
講演会場までのパンフレットを持ちながら、舐め終わったアイスの棒を口から取り出すと、そこには残念ながら当たりは書いてなかった。確率は低い。当たり前のようにゴミ箱に投げる。
「4年に一度は何となくわかるけど、何で40歳以下で4人までなの?」
「数学は他の分野に比べて早熟だからっていうのと、ノーベル賞が3人までだから、もう一人に配慮したんだと思うけど、作った人が4が好きだったんだろうね」
「そんな適当な?」
まるで中学二年生の発想だ。よくある四天王とか、四聖獣とか。そう言えば、キングカズマにもそういうの名のって挑んだ弱い奴らがたまにいたりする。
呆れた佳主馬を尻目に、健二はいそいそと愛用のキャンパスノートと、100均のボールペンを取りだし、0、1、2、3、4と書きだした。
「えーと、4ていうのは面白い希少な数なんだ」
まるで、数字そのものがこのキャンパスで見つけた四つ葉のクローバーであるかのように。黒いペンでも緑に彼には見ているのだろうか、と佳主馬は思った。
「まず4て最初の合成数なんだ。えーと、合成数っていうのは1とそれ自身以外の約数を持っている自然数のこと。約数と自然数はわかるね」
「こないだ教えてもらった。ある数を割り切れる数が約数で、自然数は0より大きい整数のことでしょ」
「そう。で、1は1しか約数がないし、2も1と2しか、3も1と3しか約数は持っていない。4で初めて1と4以外に2ていう約数が出来ている」
癖なのか、ENDと速く書くともっと高度な内容が書いてある片側のページと比べて必要がないから、遠慮なく健二はその数字のページを破った。大した内容でもないのに、差し出してきた。
「これを見ていると、家族を初めて持った数って感じがしない?」
蝉がうるさい。大学生の視線もうるさい。
それでも、短い夏休みで田舎の法事以外は、OZでしかイベントもない。宿題はとっくに終わらせた。
「あと、最小の半素数だし、最小のスミス数だし、他にも……」
「あーやめやめ!! 講堂はあっち、早く行かないと遅刻だってば!」
話し始めると長い健二を、大学生や聴講者たちが集まり始めている講堂に押し込むと、階段に座り込んで、携帯を開いた。
健二がすごいすごいと言う人が珍しく来ているとの話だが、あまり騒々しくはない。確かに、自分だって教えられるまでがそんな人物が地元に縁があるとは全然知らなかった。
縁とは奇なもの味なもの、と言ったのは去年亡くなったひいばあちゃんの話だったか。
――土産でも買ってこうかな。
講演の終わるまでの時間稼ぎに、待ち受けの赤ん坊の写真をちらりと見て、中学生は腰の埃を払った。
Fin
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