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Pannotia

ヘタリア好きが懲りずに作ったブログ。元Pangea。今回も超大陸から名前をいただきました。 CPは独普・米英米・独伊独・西ロマ・典芬・海拉・英日などなど。NLは何でも。にょたも大好き。史実ネタ時事ネタねつ造たくさん。一部R18あります。 その他作品として、デュラララ!!(NL中心)とサマウォあり。

   

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フルール・ド・リスを弾けば (仏加)


 一応、腐向けです。微エロになるのかしら?

 フランス兄ちゃんと音楽、というテーマでこちらに投稿させていただきました。





 
 
 ミレニアムという区切りは、立派な区切りではある。少なくとも、千年前のことを、カナダは知らない。千年前を知っている立場にとって、今の時代はどういうものなのか、聞いてみたい気持ちと、聞かないでおきたい気持ちが揺れ動く。
 
 モントリオールの冬は、極めて早い時間帯に沈むが、市街地は街灯を雪が反射して、オレンジがかったぼんやりした光に満ちていた。
「いやー、デュトワいいよデュトワマジでいいよ!」
「はぁ」
 突然オーケストラを聴きに来た!と、やってきたフランスは、カナダを引っ張ってホールに連れ、美しい演奏を堪能して上機嫌だった。
 珍しいこともあるな、と思う。
 とは言っても、こうやってふらりとカナダのところに彼がやってくるのは珍しいことではない。モントリオールがあるケベック州は、文化の近いフランスにとって居心地が良いらしく、しょっちゅうやってきては、スキーを楽しんだり、パリコレで使う毛皮を探したり、鉱物を吟味したりしている。
 会議で忘れられることの多い自分としては、アメリカ以外にこうやって訪れてくれる国はうれしい。そのなかでも、何かとフォローしてくれる。独立という道を選んだ割に、イギリスのアメリカへの対応のようには、ショックをそれほど引きずらなかったフランスは、こうして今でもフランクなのだ。時々、お前はファッションをもっと磨いたほうがいいとお説教するくらいで、それ以上は何をするでもなし。
 それは裏返せば、フランスはたくさん親しい相手がいるのだろうけど、自分はその中の一人に過ぎない、ということにもなるとカナダは感じていた。仲良くしてくれる分には良いけどね。だが、それを口に出すことはない。そういうところを、かつてのフランスやイギリスなんかも褒めてくれた。カナダはいい子だ。カナダはお利口だ。
 だけど、どうだろう。彼らが気をもみ、そして心を飛ばすのは自分の南にいるパワフルな兄弟だ。その気持ちはわかるけれど、せめてフランスにだけは自分を見て欲しい。
 
 そんなフランスの珍しい訪問は、カナダは快く迎えたのは当然だった。
 どこが珍しいかと言えば、フランスが本場であるはずのクラシック音楽を聴きに来た、という点にある。別にここまで来なくたってヨーロッパにはいくらでも有名なオーケストラがあるので、わざわざ遠出する必要が無いのだ。中でもパリは、群雄ひしめく激戦区だ。
 各楽団はシーズンの度に、しのぎを削っている。人気が悪ければ、指揮者やコンサートマスターのすげ替えは当たり前で、さながらヨーロッパのサッカーチームの監督や選手をどこのチームがとんでもない値段でもって獲得していくか並に熱い。なお、このあたりは、フランスほどクラシックにもサッカーにも詳しくないカナダにとっては、フランス本人からの受け売りなのだけれど。メジャーリーグやホッケーの年棒交渉みたいなものだろうか、とぼんやりカナダは思ったものだった。
「前の指揮者も良かったと思いますけど?」
「ズビン・メータか? あいつはインド人の割にドイツ臭かったんだよ。上手いのは認めるけどな」
 ハイヤーやタクシーに次々と、ほうと暖かいため息を何度もつく観衆が乗り込んでいく。
 ボックス席にいた白ミンクのコートを羽織った麗人から、桟敷の立ち見にいたダウンジャケットの学生まで、良い音楽を求めるのはチケットの値段に関係ない。
 一方、フランスと並んでカナダは、コンサート帰りの客を狙うバーの並ぶ石畳を歩いていた。赤い革のブーツが雪の残る道に映える。それなりに高価だろうに、傷むことも気にせず洒落を優先するフランスを相変わらずだな、とカナダは思った。
 
 彼ら国家は景気不景気を問わず、大抵かなりの別荘持ちで自宅とは別に、各都市にちょっとした拠点地を持っている。イギリスならロンドンのアパートと、田舎のイングリッシュガーデン豊かな邸宅があったりするし、アメリカならニューヨークにフラット、郊外に倉庫が完全にアンティーク置き場になっている一軒家などなど。フランスは、パリのアパルトマンに、コートダジュールと、ボルドーだったかブルゴーニュか、もしくは両方。かのワイナリーもろもろに。他にもトレーラーハウスだったり、古城だったり、別荘のバージョンも幅が広いのだ。
 カナダ自身、自宅は森の中にあるしっかりしたログハウスなのだが、仕事に便利なことから、バンクーバー、トロント、オタワ、そしてここモントリオールにそれぞれ上司や同僚が確保してある公共の宿泊施設の一部屋を、別荘として使わせてもらっていた。ちなみにクマ次郎さんを連れて行けるかは、ケースバイケースである。今回は、コンサートということで遠慮してもらった。
 旧市街地で歩いていける別荘は、コンドミニアム形式で幾つか部屋があるので、人一人くらいなら軽く泊められる。いや、本来なら同じホテルに別の部屋を確保すれば良いのだけれど、フランスが自慢のワインを持ってきたとか何とかで、夜中まで一緒に飲むから必要ないといつも断られるのだ。
 仲良い国は、そんな感じで行き来をしている。逆に自分もアメリカの自宅や別荘には、しょっちゅう遊びに行ってキャッチボールやホッケーをしたりするものだ。
 有朋自遠方来、『友あり、遠方より来る』。華僑が多いカナダは、この言葉を思い出し少し笑った。
 
 ミニカーヴに入れていた土産を取り出しながら、鼻歌まじりのフランスは持参のナイフで栓を抜き始めた。テーブルには料理が並び、カナダはフォークやナイフやグラスを二組置く。
「歌はいいねぇ、人間の生み出した文化の極みだよ」
「そうですね」
「いや、突っ込んでよ。日本のアニメからのパスティーシュなんだから」
「あ、そう言えばアメリカに見させられたな。実写化するって騒いでいましたよ」
「そりゃ無謀だ。でもアイツならやりかねない」
 クラシックもアニメも大好きな大国とは不思議なものだ。
 
 軽いつまみならいつも常備してあるし、こんな風に適当に残った物でもフランスはちょっとした料理を作ってくれるので、当たり年のフランスワインさえあれば、十分夜は楽しめた。
 それからは、やれグールドのフランス組曲は最高だとか、でもどうしてイギリス組曲もCDを出すのかとか。ペトルチアーニは惜しいがよく生き続けてくれた、ギップスはイギリス人だがいい女だった。
 グールドは自国出身の有名ピアニストだったので知ってはいても、それほどクラシックに詳しくないカナダにはよくわからない内容もたくさんあったが、誰かの話の話を聞くのは好きで、良い聞き役になる。
 酒もどんどん注がれる。食事の後には、地元のアイスワインをデザートと一緒に味わった。フランスは、手作りのアイスクリームをコンサート前に仕込んでおいてくれて、カナダはそれにシロップをかけて食べた。来たときにいつも作ってくれるそれは、カナダの好物だった。
 その頃には、同じ量の酒を煽ったフランスは、既にとろんとしていて。
 フランスは酒には強い方だが、実はカナダはロシアの次くらいに強い。普段飲まないだけで、付き合うときはいくらでも付き合える。あまりに強いため、凍死の防止のため、わざわざ屋外で酒を飲むな、という法律まで作ってしまった。寒さも平気になるまで飲んでしまうことを防いでいるわけだ。
 ともかく、とろんとした目のフランスは、スプーンを咥えたカナダの前髪を指で摘んだ。
 少し、いや、かなりくすぐったい。
「さらさらだな。きれいな髪だ」
「あんまりいじらないで下さいよ」
 酒臭いだろうため息でさえも、妙にフランスは色っぽい。この手で何百人の女性を落としただろうか。
「俺よりさらさらだ」
 寂しそうな声に、指先に、続いて寂しそうな沈黙が続いた。
 確かに見ると、フランスは昔と髪質が変わったような気がする。不景気だと体調が悪くなるので、フランスの場合、それが髪質に出るタイプなのかもしれない。
「今夜の演奏は、パリのオケよりフランスらしかった」
「そうかな」
「そうだ。俺と来たら、どんどんらしくなくなっちまうってのに」
 
 印象派が出たときは驚いた。だけどすぐ当たり前になった。メロディがあるくせに、ありえないくらい変則性だと思った六人組だって、今は古く感じちまう。ああ、そうさ。新しい芸術は良いことさ。ヌーベル、ヌーベル!
 俺は今までだってずっとそうして来た。パスティーシュ万歳だよ。いいものを取り入れることで、より洗練された文化を創ったんだ。
 
 内容は自慢話なのに、それは悲愴かつヒステリックな現代曲のようだった。
 世界の中では広いとは言え、フランスの自然は自分よりずっと早いペースで消滅している。町も再開発がどんどん重ねられている。移民だって、ものすごく増えた。そして、90年代の不景気の打開策として期待されるユーロの導入も、もうすぐ始まりフランが消える。
 自分だって数百年生きた国として変わっていったものはたくさんある。けれど、新大陸であるアメリカや自分は、その変化さえもわくわくするのに対し、フランスを始めとするヨーロッパの国々はことさら惜しみ、慈しむ。
「ここはとても澄んでいる。だから、あんなにきれいな音が出るんだろうな。もう俺には出せない音が」
 ちょうど、それは自分たちの幼い頃、彼らが今よりずっと強大で完全なる保護者としての役割を果たした時代を懐かしむのに似ている。思い出すときの彼らは、自分たちを子どものように扱う。それは、少しうれしくてかなしい。
 
 ならば、かつての子どもだった自分にできることは。
「大丈夫ですよ」
 本場で失われつつある『らしさ』を見出すためだけに、はるばる寒い地までやってきてしまった男は、時代に取り残されそうだと不安がっている。カナダは、自分の前髪をいじっている男の手首を取った。
「僕はずっとあなたに憧れていますから。ずっと覚えていますから。例えあなたが歌を忘れてしまっても」
 
 もしも、とカナダは仮定した。もしも、自分が何百年先まで存在したら。もちろん、そうであって欲しいのだけれど、未来に絶対はない。千年先の自分は、過去を懐かしがるだろうか。そのときには、目の前のこの男の気持ちがわかるのだろうか。
 
「いいのか。そんな約束したら、俺が付け上がる。今までの我慢が水の泡だ」
「我慢だなんて、あなたらしくないですよ」
 
 自分だって変わっていく以上は、一部にとどめておくことしかできないのは、わかっている。だけど、幼子のアルバムをたまに見るように、古ぼけたオルゴールのねじを巻くように、彼から教わったことや彼が愛したことをしまうことぐらいはしてあげたかった。
 
あなたに倣って、今夜は悪い子になりましょう。だから。
 
 カナダの領土はとても広い。思い出をしまっておけるスペースくらいなら、多分、千年先でも残っているだろう。それがなくなってしまっている世界になっているのなら、きっとフランスもいなくなっている。だから、この約束は確実に守られる。
 スペースに閉じ込めてある、奔放なフランスらしさを思い出して、カナダは掴んでいた手首を、頬へ手のひらが当たるように滑らせた。それを合図としてフランスは、匂いを浸み込ませるようになぜ始めた。
 どんな音を自分は教わるだろうかと思いながら、カナダは雪のように柔らかい瞼を閉じた。
 
 



fin
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