彼は英雄と呼ばれる。
なぜなら、イギリスという国は本土に直接侵略されたことがないからだ。空襲の被害は受けても、どんな兵もたどり着くことはできなかった。それはイギリスの自負であり、力であるかもしれない。 </p><p>
だけど、どうだろう。
現在のところ、俺の下で。しかも、業務に使っている高級そうな机の上で。
ああ、ブラインドがちょっと開いている。ま、いっか。
うつぶせのイギリスは、オーク材の机面に艶かしい吐息を吹き付けている。 </p><p>
接客用のソファはある。仮眠室だって隣にある。だけど、彼も自分もこの机から一歩も離れられない。イギリスが、かつての兄たちとの戦いや、自分の独立の時だって指揮をとったこの机で彼を泣かし
ているのだ。これは侵略以外の何に該当するんだろう。
誰も知らない侵略は、手袋さえも脱がないまま、軍服の裾をずり下げただけで進行している。
「アメリカ」
なんだいイギリス。ころしてやる。
そう言うけど、彼には俺は殺せない。それは過去の経験からもわかるし、性格からもわかる。
大体、俺は大したことしていないのに、抵抗もない下半身ってどうなんだい。俺に文句を言うより危機意識を保つ方がよっぽど建設的だ。なぜなら、攻撃宣言した後でもイギリスはいいだのいくだのすごくうるさい。その言葉は、ぞくぞくさせるけど悔しいくらい煩い。
何となく、イギリスの身体がそうであることの理由は予想がついた。俺のほうこそあいつを殺してやりたいよ。でも、そんなことしたら何もかもがめちゃめちゃになるから、そうだねできないね。
微かに手袋と袖との間に覗く手首や、腰から腹にかけてのラインに汗が滲んでいることに意識を向ける。
ブラインドの光が、明け方を告げ始めていた。青みのある柔らかい雨上がりの朝だ。
「イギリス、今日も世界は平和だよ。君が俺に従順だからね」
イギリスはそれに返事をせずに、瞼を閉じて口を動かした。声は出なかったのだけど。
従ってるから抱かれるわけじゃねーよばかぁ。
それを言わせてしまうと侵略ではなくなってしまうから、言わせたくなくて揺らぎを強くするとやっぱり今日も言えずにイギリスは気をやった。
英雄が孤独にならないのは、自分以上の英雄がいるときだけ。それなら、この瞬間だけは、彼が自分が英雄であることを忘れていればいい。
fin
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