家具の支給があると言われてドイツが飛びついたのはベッドだった。ずっと彼を朴念仁だと思っていた同僚や部下たちはたいそう驚いて、それを肴にしばらくはビールが飛ぶように飲まれたという。酒場の親父はほくほく顔だ。
噂は、やれ評判の女優を落としたとか、いやいや新進気鋭の芸術家だとか様々な憶測が飛び交ったが、実際のところ、ドイツには現在恋人はいない。
まだ、においが大して付いていないマットレスに寝転がりながら、うっすら目を開けると薄い胸があった。
友人に分類可能な同盟国、イタリアは口を半分開けて眠っている。たまに料理名が涎に溶けて垂れてくるくらい。
よくもまあ夜中に素っ裸でアルプスを遠回りしてここまでやってこれるものかと、ドイツは毎回呆れている。ドイツはイタリアより健脚家ではあるが、戦闘なり訓練なり必要がない限り動かず守りに徹したいタイプだ。身体が冷えても風邪をひくことはない身体ではあっても寒いものは寒い。
毛布がずれていたので肩までかけてやった。寝相はお互い悪い方ではないが、ベッドを大きくしても毛布やシーツまで新しくするのを忘れていたためすぐずれてしまう。こちらも機会があれば新調しなくてはな、とドイツは思った。
明け方だった。緯度が高いドイツの家は、早く日が昇る。もうこのまま起きてしまおうと判断したドイツはシャワーを浴びるため向きを変えた。
「いかないで」
起こしたか。
いや、まだ目は閉じている。手こそはドイツのシャツの裾を掴んでいたが、それもゆるゆるとした繋がりではなく。寝息は規則正しい。唇の形もほとんど変わっていない。
だけど、形は閉じながらも今にも目尻に涙がたまりそうな。行ってしまえば確実に溢れて、シーツを濡らしてしまいそうな眉だった。
ドイツは自分のシーツを濡らされるのを好まなかった。軽くイタリアの目頭から額にかけてを撫でてやって、そのまま、眠気を伴わずとも目を閉じた。
横になるだけでも休息にはなるだろう。ましてや、規則正しい呼吸や心音を感じられるなら。規則正しいことを好むドイツにとってその選択は至極だった。
時間を有効活用することを選びやすそうなものだが、この時のドイツはそうすることしか選べなかった。
ドイツの家では、同居人の二人と朝食を摂るのが常だったが、毎回誰かしらが遅刻する。マイペースな貴族か、同じくらいマイペースな兄のことが多いが、本日の遅刻者は自分になりそうだ。
それでも、多分、寝室から自分たち二人が出てくることを見れば、ジャガイモを潰すフォークを止めて、少しからかいながらも、いつもと同じく何かを含んだ笑みを浮かべるだろう。
その理由は、今だ教えてもらえないけれど、いつか明かしてくれるのだろうかと思いながら、うつらうつらドイツはシャツにかかるイタリアの手を取った。
こんなときによく見る、花畑の夢をまた見られることを願いながら。
fin
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