イベントなんかなくとも毎朝のキスとか、毎昼のちゅっちゅとか、毎夜のむぎゅーとかで愛は確認できると俺は思っている。
そりゃイベントは大好きだ。宗教系のイベントはそれこそどんな仕事も放り出してエネルギーを注ぎ込むし(だってロマーノが総本山なんやもん!)、サッカーだろうが牛追いだろうがいてまえGOGO!と親分の本気を見せる機会以外の何物でもない。せやろ?
3月も末になって、ようやく体調も回復してきた頃に、あったかくなってきたことだし、そろそろうちにも飲みに来いよとフランスが誘ってくれた。プロイセンもついでにやって来てた。
俺は寒さがめっそう苦手なため、冬場は彼らの家には近寄らないことにしている。だってパリもベルリンもごっつ寒いやん。
金が入ったときだって毛皮のコートとか、毛糸の帽子やマフラーなんてもったことがない。長い貧乏暮らしでも、まあええかと思えたのは、ひとえに凍死の危険性がないことからくる国民の気質かもしれない。
フランス指定でこれを持ってこないとアパルトマンに入れないからなと脅されたハモンセラーノを、プロイセンが持ってきた白アスパラに巻いたのをつまみながら、お前らなんてこれで十分だと出された箱入りのブレンドワインをがぶがぶやる。とは言え、ブランドワイン以上に飲みやすい口は、さすがにフランスの選ぶだけあった。
20世紀の末あたりからめっきり酒に弱くなったプロイセンは、肌の白さもあって頬がかなり赤くなっていて、呂律がまわらない舌でうひぃと笑いながら言った。百年くらい前まではどちらかと言うと、全盛期の俺みたいなぎらぎらした奴だったが、今の彼の方が個人的には好感は持てる。
「で、おまえ。ろまーのひゃんに、なにやったんらよ」
「それお兄さんも聞きたいねぇ」
うひゃうひゃひひひ。
まったく、自分のことはトマト棚に上げるが、阿呆な奴らだ。
「おれはな!おれさまはな!まいとし、てづくりのをべすとがぷれぜんとだぜー」
「あーあー、みみっちぃお前ら兄弟らしいよ。お兄さんところは、誕生日近いから二人で使うものを一緒に買っちゃうんだぁ。去年は、バカラのグラスセット。これがまた、ボルドーの赤に合うんだよね。もう飲む前から芸術っていうの? テーブルに置く宝石っていうの?」
要するに自分たちの自慢をしたいのだ。何とまぁわかりやすい。
ロマーノの誕生日はイタちゃんと同じ3月の半ばだ。今年は、具合が悪くて、頭痛がして、ベッドの枠にあたったなぁ。蹴り飛ばしたら金属でできたそれは90度に折れ曲がってた。
去年は、喉が痛くて、どうにも不快で、ベランダの大理石でできた手すりをぶん殴ったな。拳大くらいにへこんだのが今でも残っている。
一昨年は、5年前は、10年前は……?
「スペイン、だめぇ! ぷーちゃんの色んな穴から、芋が出ちゃう!」
このくらいの力やったかなぁ、と試させてもらったプロイセンの胴体から手を放した。口端から泡吹いているけれど、このくらいドSな彼の弟に比べれば普通だと思う。
「俺、ちょっと急用思い出したわ。ほななー」
フランスに預けて、ピレネーに向かった。一山超えれば俺んちだ。
山道を歩いていたら、見覚えのある後姿が見えた。
お手手つないで、かわええ子ども時代をも思わせる兄弟だ。丸まった目立つ毛先がたまに触れ合って、ハート型になりそうな感じの。
「兄ちゃん、一人で行かないの?」
「ばか! ここ難所だから、手離すなよコノヤロー! スペインの野郎に今年プレゼント忘れちまったんだよ! お前なら建物修理できるだろ」
「損得で動く兄ちゃんが珍しいね。毎年スペイン兄ちゃんから俺たちプレゼント貰ってないじゃん」
あー、むっちゃかわええ、大きくてもむっちゃかわええ! だって、イタちゃんとロマーノやで! 何しろイタちゃんとロマーノやで!! むっちゃかわええから、二回言ってもうた!
ドイツから俺誘われたのに~、とイタちゃんは少しばかり無理やり引っ張られた兄に不満らしい。ああ、ぷりぷりしているのもかわええで。
「ジャガイモ兄が、スペインと一緒にフランス家で飲むってイモ弟が言ったんなら、チャンスは今しかねーんだよ。俺はなぁ! 昔、スペインが南米から無事に帰ってくるなら、クリスマスプレゼントも誕生日プレゼントもいらねぇって神様にお祈りしたんだ! クリスマスはちゃんと貰えてるから、その分、返さなきゃなんねーんだよ!!」
「ロマーノォォオオオ!」
ぷりぷりしているイタちゃんも捨てがたかったが、こんなこと言う子分を抱きしめる以外に選択肢なんかなかった。
物陰から飛び出した俺に、ロマーノは心底驚いたらしく、うっかりバランスを崩す。そのまま、崖下へ。ゆるく握っていた手なんて、こんな時は役には立たない。
落ちても死ぬことはない身体ではあるけれど、ロマーノは国としては不完全な存在だから、治りはかなり遅くて、その分極端に傷つけられることを嫌う。あっという間に、痛いのを予感して目に涙が浮いて来ているのがスローモーションで見えた。
ロマーノが大きなスプーンでガスパチョを流しこんでくれた。トマトのたっぷり入った冷たいスープは本来、夏に食べるものだけど、野菜たっぷりの酸味はものが食べられないときには一番の御馳走だ。
「せっかく具合がよくなったのに、また怪我しやがってバカヤローめ」
口は荒いが、スプーンの動きはゆっくりで、やわらかく舌の上に載せてくれる。喉に乱暴に突っ込むなんてことしないロマーノの指が好きだ。料理のやけどや土いじりで細いのに皮だけが厚くなっている指だ。
パラシュートなしに飛行機から落ちた国は聞いたことがあるが、山から二人で落ちた国もそうそうないだろうな、と切れた口の中にスープが染みるのを噛みしめる。
ロマーノはさいわい傷一つ付かなかった。とっさに受け身を取ったし、上手く森に落ちれたけれど、高度数百メートルは言ったんね、愛の高さは偉大だ。
「来年もロマーノの誕生日の頃、俺具合悪くなると思うから看病してくれなー」
「俺が独立したのが、お前の不調の原因なのにそれでいいんかよ」
「ええんよ。そりゃぁ、家具や壁の代わりにちょっぴりロマーノに当たっちゃうかもしれんけど」
「言っとくけど、俺の手足はそのベッド枠より簡単に折れるからな。もげるからな」
「大丈夫やで。ちゃんとロマーノへのプレゼントになる感じで、気持よく当たるから!」
「一生寝てろ」
頭突きをされて枕に沈められた。おでこがひりひりするけれど、ロマーノの顔がアップになって見とれてしまう。
顔の上半分は痛いけれど下半分がしあわせで笑ってしまう。だってちょっとだけ唇が触れて、ちゃっかり肩に手をまわしてもロマーノはこれ以上怒らなかった。
プレゼントを上げる器用さもお金もないけれど、せめてもとたっぷり甘やかそう。誕生日の日も、それ以外も。独立前だって甘やかしていたけれど、独立後はもっともっと甘やかせられる。だって、離れた場所ではもうきちんと兄弟で立って歩けるのだ。
独立されちゃった日は祝えなくたって、残りの日にプレゼントしちゃえばええ。ほぼ毎日が誕生日や。少なくともロマーノと一緒にいられる日は。
ロマーノの指からスプーンが落ちて、地面に音をたてた。大理石の床で良かった。ロマーノばかり見てても気づけて、久しぶりのキスに指先まで吸われてしまっている反応がとてもよくわかるから。
fin
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