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Pannotia

ヘタリア好きが懲りずに作ったブログ。元Pangea。今回も超大陸から名前をいただきました。 CPは独普・米英米・独伊独・西ロマ・典芬・海拉・英日などなど。NLは何でも。にょたも大好き。史実ネタ時事ネタねつ造たくさん。一部R18あります。 その他作品として、デュラララ!!(NL中心)とサマウォあり。

   

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猫の額 (蘭+ベル+実在人物捏造)


 蘭兄さんメイン、歴史上の実在人物を捏造しています。WW2物で、シリアスです。

 ダメな人はバックプリーズ。


 北陸弁は難しいです。




 
 見分ける方法は簡単だ。ドアを開けて、この煙の匂いにしかめればそいつは嗅ぎ慣れていない東からのスパイに決まっている。
 
足の長さを利用して蹴り倒して、ご用は終わり。
 ドアを破られないかと心配されることもあるかもしれないが、それはいらない世話だ。
 石畳に尻もちをついた追跡者は、こちらが動きだすのを黙って見てるか、滑稽にも走っていくか、はたまたたまたま運よく転がっていた自転車でも乗るしかない。

 まともな葉が手に入りにくくなったので、部屋は煙で満ちた方が節約になる。一石二鳥だ。
 すっかり見えなくなった追手の阿呆面を見てやろうと表をそっと覗いた。悔しそうだ。気分も悪くない。味の悪い煙管でも少しばかり良く思えて来る。

 吐いた煙は運河の上にうっすらとぐろを巻いた。灰は落とさないように水の匂いと合わせる。

 狭いスペースしか持てない家を持って税金を払うより、やや天井が低いことさえ目をつぶって移動にも使えるボートハウスを自宅兼店舗にしてからしばらく経つ。
 この生活は悪くない。上司は現在、海の向こうに避難している代わりに好きにやれる。元々自由は嫌いじゃなかった。

 地下商人は何も薄暗い階段の下ばかりにいるものではない。
 お天道さんのもと、船暮しさえ慣れていれば好きにやれる。ほんの500年ばかしそんなことを続けて慣れないわけがない。
 
 萎れかけた黄色や赤の花壇が並んだ赤レンガの五階建てが過ぎていく。あのチューリップはきっと食えない品種だろう。無毒の食用のものは、もう食べつくされてしまったに違いない。
隣の黒レンガの家は、ジグソーパズルのように嵌めこまれて窮屈そうだ。それでも、そこで暮らす住民は息をしている限りは必需品があるに越したことはない。
飾り窓は今の時間は静かだが、最近は夜でも陰気だ。下着姿の女たちも色気のある商売服が手に入らなくて、それよりは金も入らず身体を売りたくはないと逃げ出す者もいれば、たくましく敵味方問わず軍人やレジスタンス相手に商売をする者もいる。どちらも自由だ。止めるものはいない。
ロッテルダムは廃墟になったと聞いた。
自分の家の中で一番大きく、商売に最も都合のいい街は、初夏の水を含んだ風は硝煙燻る低地に少しでも湿り気が与えられれば良いのだが。運河の柳は濃くなったというのに景気はどん底。
 
ただただ、ラジオのボリュームだけが上がっていく。嫌な知らせを聞き洩らさないように、待ち望んだ知らせが早く届くように。
 
 
 
 新しい運河に来てからしばらく経ち、新規の客が来た。再び商売の噂が広がったのだろう。
「ごめん下さい。こちらで色々頂けると聞きまして」
 
 布を被った中年婦人だった。ここへの女の客は比率としては半分以上になる。元々、摘発側からの注目が甘いため、女の方が動きやすいという利点からか、こうした店に買いに来る女は結構な人数がいたが、世知辛い時代、店側による女性への嫌がらせは聞こえない話でなく、その点ここはその心配がないということで、そういった顧客は多かった。
 何せ対象外だ。ちょっかいさえも出す気がしない。
しかし、客は客。愛想よく振る舞う必要はないが、お互いの利益を満足できる商いができるに越したことはない。
 
「まいど」
 
 幸い、その客は女性と言えども、旦那なり父親なりで慣れていたのか、煙の匂いにこともなく、ただただ切実な様子でパンや塩やニシンの瓶詰や干し肉の類を求めて来た。
貨幣に加えて、物々交換に使いたいと申し出たのはスパイスが数種類。悪くない取引だった。少し色を付けてやってもいい。

 婦人は丁寧に礼を言った。
 自分はこのご時世の中でそう言ったものを扱う問屋としては比較的安い方ではある。利益は珍しく度外視だが、札や金貨の価値は下がっている今、少しでも食料をたくさん届けさせた方が空腹感も少しは収まったのだ。もともと味を楽しむ贅沢はしない主義だ。膨れさえすればいい。

 特権やらコネやらで必要物資を確保して消費しても、あまり身にならず効率が悪い不便な身体だが、それならそうと問題を自分なりの方法で解決するだけだ。
 だから礼の言葉なんてそもそも必要なく、そのためのエネルギーがあるならもっと違うことにまわしてほしいとつくづく思った。
 
 追加のパンを取りだそうとしたところで、婦人は意を決したように顔を上げた。
 
「日記帳はありませんか」

 笑顔で接客はする主義ではないが、意外な物品に驚かなくもなかった。明日の油脂も不自由するところでそんなものが出て来るとは。

「こちらでは、何でも用立てていただけるとお聞きしました。たくさんは払えませんが何とかします」

 覚悟を決めた女は強い。こちらの威圧感が、北の半島の中立国ほどではないことをいいことに続けた。
 先日も西の島国で育った少女が、トゥシューズを欲しがったために融通をしてやった。興味を引かれたからと言うのもあるが、先行投資に近い。生き延びて大人物になれば、めっけものだ。
 少し考えた。無理な取引ではない。

「よか。二冊用意すっざ」

 紙は貴重品ではあったが、当てはなくもない。スパイスと交換すれば融通は利かせてくれるだろう。腐るものでもないからあるところには積んでいるはずだ。
 しかし、こうして婦人が探さなければ手に入らない物資を使うのであるなら、せいぜい有効活用してもらわないといけない。
 
「やけど、条件があるざぁ」

 紙袋に箇条書きでペンを走らせた。少し今日は無駄に喋り過ぎた。
 

条件その1
 後で出版できるように固有名詞は可能な限り排除、もしくは変名とすること。特に人物名。
 

 主人公は書き手たる少女だった。恐らく偽名だ。だから、あえて書く必要はないだろう。
 日記は彼女の誕生日プレゼントだった。赤と白のギンガムチェックの布張りの品は悪くないものだ。真鍮の金具がぴかぴか留め具の役割を誇らしげに果たしている。
ページは次々と写真と筆記体で埋められていった。
 優しい両親、利発で美しい姉。個性豊かな級友たち。親戚、近所の和やかな関係性。
 それは、薄暗い色のレンガの街で、少なくとも萎れかけたパンジーの花よりは、明るい果実にも似た陽だまりの色彩に近かった。
 

条件その2
 手紙形式に書き、二冊のうち表紙のない方を推敲用とし、そちらを破いて、買い物係の婦人に渡して寄こすこと。宛名は適当にする。返事は期待しない。
 

 推敲用の日記帳は、布表紙だけを手元に残し、中身となる紙とじだけを渡した。やってきた紙を新しく綴じていけばもう一冊のそっくり同じ日記帳が完成する。 
少女は写真まで焼き増したのか貼ってきた。それとも二枚撮ったうちの出来のいい気に入ったものを寄こしたのか。

 こちらへの宛名はキティとされた。ペットを持っていない腹いせらしい。2m近い大男相手への呼びかけ方ではないが、何しろ向こうはこちらの存在を知らないのである。珍しく笑えた。子憎たらしい。少女はこうでなくてはならない。
 頭は良い方だろう。こっちが返事を出さないことを利用している。
 記憶力がいいからか、一か月ほど前の日常生活から日記は始まっている。意識したのかしてないのか、思い出の部分は忘れたくなかったからか、現在を客観視するためか、直接問いかけたところで意味はないが、少なくとも退屈はしなそうだ。
 
 
 ある日を境に、登場人物はほぼ八人と一匹の猫に固定された。

 日記を渡してちょうど一月ほど。季節は本来なら夏の花の時期だった。風車だって一番まわりやすい時期だ。

 他には、数人の出入りする人々が登場する。その一人は恐らく、買い物に来た婦人だろう。一回ごとに買う量が増え、代わりに頻度が減った。
 
 舞台も屋根裏のほんの狭い空間になった。
 音を立てない生活は、空想に満ちやすくなるものの、それらの装飾は華美ではなく、あくまで日記であり、あくまで手紙の秩序を保っていた。もちろん、登場人物たちへのクールな視線は健在だ。特に猫を飼っている同世代の少年には、年齢が近いだけあって反発もするのだろう。結構な言いざまだ。
 状況は暗転したが、そうした内容に安心もした。
 
 窓から時たま描かれる景色を除き、外の風景は知れない。だから、情勢がどうなっているかは、少なくともここに来る文章にはほとんどなかった。

 食べたもの、かわした言葉、複数の世帯が生活することでのトラブル、どうやって生活して行くのか、小さくなって着られなくなっていく衣服、音を立てずにトイレをどうするかという命題、どうやって楽しみを見つけていくのか、どうやったら明日への希望を持っていくか。
 




 物資は段々乏しくなる。
 揃いの日記帳を用意するのは難しくなった。ある時は大学ノート、ある時は自分が使う予定だった出納帳になった。しかし、手元にある表紙に、やってくる紙片を集めて閉じてやれば、それは立派な日記となった。
 
誰も知らない、誰にも見つかることのない日記にはそれでも、例えば連合軍がこの地に来た場合、防御のために占領軍はダムを決壊させて街を洪水させてしまうかもしれない、と言ったことが書かれた。そこまでの仮定は頭の悪くない発想だとはいえ、対策としては「木箱をボートに、おたまをオールにします」「背の高い人がそうでない人をおんぶします」などの他愛のない冗談はしばし現れた。

 初恋をしていることも書かれた。
 同じ隠れ家に住んでいた猫を飼っている少年だ。のろけと物足りなさの両方の情報が送られてきた。姉しか同世代の同性がいないため、こっちは都合のいい相談相手だったのだろう。
 外に出られなくなった後の彼女の写真は見てはいないが、例え花の香りの石鹸や、バニラ色のクリームや、ジャムのように塗りたくる口紅なんてなくても、きれいになったんだろうと思った。
 
 
 とうとう、渡せるものが細切れの直線だけがたくさん並んだルーズリーフ数枚になった頃、自分は食料品や塩を用意するのがせいぜいになった。
 そして、日記という名の手紙はぷっつり終わった。
 

 例の婦人が同志を連れて駆け込んできたのは、それから数カ月たった頃だった。
 皆連れて行かれてしまったと。
 中の捜索を手伝って欲しいと頼まれた。彼女たちだけでは隠れた入口を開けられなかったのだ。
 
 初めて来た場所は、何の変哲もない事務所で、しかし、仕事をしている形跡はなく、電話は埃を被っていた。
 自分に紙が手に入らないくらいだ。仕事なんて出来るはずもない。

 棚を動かして入口を作っていくと、とても八人も住んでいたとは思えない生活空間が残っていた。
 血痕はなかった。匂いもしなかった。自分の感覚だ。間違いはない。少なくともここでは暴行はされなかったらしい。

 それを教えたら、残された婦人たちは少し冷静になったのか、何かないか探すことを始めた。
 帰って来た時のためにせめてもの財産として渡すつもりだという。
 皿、コップ、手鏡、マフラー、歯ブラシ、ペン。
 他愛ないものでも、帰ってきたら必要になるものだ。だが、そんなものはなかった。出入り口の棚以外は家具もなかった。
 
 まるでそれが当然であるかのように、本もなかった。日記帳と一緒に何回か届けたこともあったので、何を送ったかまでも覚えている。
 退屈だとしても歌も歌えない場所だ。食べること着ることの次くらいに大切にするはず。薪にして燃やしたかと思いきや、隠れ家の手前にある事務所からのストーブとつながっていたためその可能性は考えられなかった。
 
 情報とは、しばし生きることより重要であると言う。主義が描かれていればそれが救いになる者もいれば、それが原因で検挙されるものもいる。ある事実に関して名前が書かれていれば、それを証拠にされることもある。
 情報とはすなわち記録である。過去からの記録は本や詩集であり、個人からの記録はそれは、つまり。
 
 名前が複数書かれた日記帳の中には物資を運んでくる協力者たちの存在が描かれていた。証拠品として抑えられていてもおかしくはない。家具よりはずっと運びやすかったことだろう。

 持ち主のいなくなった屋根裏を見た。筆記用具もない。机もない。椅子もクッションもベッドもない。壁紙と窓だけがある部屋だ。

 小さな窓からは運河が見えた。仕事場所にも近い。何回か通ったこともある。もしかしたら、見られてたこともあったかもしれない。
 尖塔の教会が見える。
 鐘が鳴った。

 この部屋に残されたものは、彼女がもてあまし、しかし過ぎ去ることを願うことを止めなかった、余りある時間だけだ。ただ、それだけだった。
 
 何もないという事実に耐えられなくなり、なくなった日記帳たちと対になっていたものを、部屋の隅の目立たない場所に置いた。
 婦人らはやがてそれを発見し、早く帰って来て欲しいと口々に少女の名前を呼んだ。

 後悔はしていない。これも本物であるのは、嘘ではないのだから。
 



 
 待ち時間の暇つぶしに入った無料の美術館の展示には、あの窓から見えた教会の無名墓地に葬られた画家の自画像があった。
 美術コレクションのために借金をしたために、高名な芸術家でありながら悲惨な最期を迎えるなんて画家自身が知るはずもない。背景は黒が中心だが、見返る口角と額皺はやや上がっているようにも見える。おどけているようだ。
 ろうそくの光にも似た光源で浮かんだ皺の陰影に、先の見えない電気のなかった暮らしを思った。

 それはほんの半世紀前も続いていたというのに、この美術館を出ればそこは空港であり、土産物の球根が入った色とりどりのパッケージから、カジノまで揃っている。
 壁を隔てた向こうでは、轟音を立ててジャンボジェットが飛び立つというのに、美術館の中は観光客がちらほらいる以外は静かだった。

 後ろから背中を叩かれた。こういうことができる相手は、仮に国同士だとしても限られる。
 
「久しぶり、お兄」
「どうしたでの」
「うちから直行便飛んでなくて、こっから電車でブリュッセルに帰るん。そっちは」
「うらも帰るやざ」
「24時間営業やし、便利やね。ハブ空港持ちは」
「やらんぞ」
「うちかてEU本部やらん」
 
 早う戻ってムール貝食べたいわー、と会う度に食い物の話しかしない妹だ。昔はそれなりに可愛かったのに食欲のせいか育つところが育ってしまったのが実に悔やまれる。
 ついでに、空港自体は便利だけど、機内食がチーズしかないとか、スーパーのパックスシがかぴかぴだったと、どっかのひげの変態のような粗さがしをしてくる。まったく毒されよって。
 
「そや」
 
 ふとウェーブのかかった前髪を上げてきた。手には新聞。妹はちょっとした情報中毒だ。国際機関を多数抱えているせいか、余念がない。素材は良いのだから、少しは今風の格好すればいいのに。
 
「ほんでに、国籍も市民権もあげんかったん。無国籍なんてかわいそや」
 
 新聞の一面には市民運動で、悲劇の少女に国籍をとの記事が載っている。センチメンタル甚だしいそれをいちいち読む気はなかった。煙管の口を噛んだ。金にしみ込んだ苦い味が微かに残っている。
 
「見捨てた子どもを、今更自分んもんにして何になる」
 
 金色の天井は狭い。そこからワイヤーで釣られた重厚な額の展示物は、幾多の人々に視線を返す。見られる対象。
 だが、これらの美術品はアムステルダムの本館にしばらくすれば戻される。機会があれば、外国にも請われて展示に出されることもあるだろう。
 
 物言わぬ絵でさえも、自由になれる、守られるというのに。
 
「それは、お兄が探すことに専念してしもたら、飢え死にしはる人いっぱいおったん、そいで……」
「黙ね。絵は黙って見るもんやざ」
 
 ブリュッセル通過、パリ行きの特急が間もなく地下のホームに到着するアナウンスが響いた。
 王冠を抱いたメイン航空会社の、目立つ水色と目立つ身長のパイロットがカートをころがしていき、その脇では携帯電話片手にアラビア語を話す東洋人が腕時計を見ていた。黒人の少年が玩具の飛行機で遊んでいる。
下りエスカレータに向かいカートはあわや消えようとしたところで、くるりと方向転換して戻ってきた。
 
「……戻るのやーめた。ムール貝ならお兄ぃんとこでも買えるし。たまにはそっちの台所も使わんと錆てまう」
 
 隣に立たれて、視線を合わせるには近すぎたため、今度は静物画に向けた。織物の上に花瓶と銀食器に盛られたたくさんの食事を並べた、画家の力量が存分に発揮されている逸品だ。
 
「好きにせ」
「額、痛いんとちゃう」
「痛とぅない」
「痛いやろ」
「痛とぅない」
 
 身長が高いのも悪くはない。全てのものに手が届くわけではないが、触ろうとする手も軽くかわせる。仕方ないので、彼女は自分のカートを両手でころがし始めた。

 タイヤの音が鳴る。床への影響を気にしない。のびのびとした移動音だ。

 荷物カートでは、猫のキーホルダーが揺れていた。
 
 

 
 
Fin
 
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