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Pannotia

ヘタリア好きが懲りずに作ったブログ。元Pangea。今回も超大陸から名前をいただきました。 CPは独普・米英米・独伊独・西ロマ・典芬・海拉・英日などなど。NLは何でも。にょたも大好き。史実ネタ時事ネタねつ造たくさん。一部R18あります。 その他作品として、デュラララ!!(NL中心)とサマウォあり。

   

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ブランデンブルク門 (独普)


 「羅生門」のパスティーシュで。

 グロ描写注意。




 ある日の暮方の事である。一人の軍人が、ブランデンブルク門の下で雨やみを待っていた。

 広い門の下には、この男のほかに誰もいない。ただ、所々石細工の剥げた、大きな円柱に、きりぎりすが一匹とまっている。ブランデンブルク門が、ウンター・デン・リンデンにある以上は、この男のほかにも、雨やみをする花さし女や神学校生あたりが、もう二三人はありそうなものである。それが、この男のほかには誰もいない。
 何故かと云うと、この二三年、ベルリンには、恐慌とか空襲とか暴動とか占領とか云う災いがつづいて起った。そこで首都のさびれ方は一通りではない。ニュース映画によると、マリア像や十字架を打砕いて薪にしたと云う事である。街中がその始末であるから、ブランデンブルク門の修理などは、元より誰も捨てて顧る者がなかった。
 するとその荒れ果てたのをよい事にして、野犬が棲む。略奪者が棲む。とうとうしまいには、引取り手のない死人を、この門へ持って来て、棄てて行くと云う習慣さえ出来た。そこで、日の目が見えなくなると、誰でも気味を悪がって、この門の近所へは足ぶみをしない事になってしまったのである。
 その代りまた鴉がどこからか、たくさん集って来た。昼間見ると、その鴉が何羽となく輪を描いて、高き地を見る古代の戦車を模った石像の名残りを啼きながら、飛びまわっている。ことに門の上の空が、夕焼けであかくなる時には、それが胡椒をまいたようにはっきり見えた。鴉は、勿論、門の上にある死人の肉を、啄みに来るのである。――もっとも今日は、刻限が遅いせいか、一羽も見えない。ただ、所々、崩れかかった、そうしてその崩れ目に長い草のはえた石段の上に、鴉の糞が、点々と白くこびりついているのが見える。

 軍人は七段ある石段の一番上の段に、洗いざらした緑の制服の尻を据えて、右の頬に出来た、大きな火傷を気にしながら、ぼんやり、雨のふるのを眺めていた。
 作者はさっき、「軍人が雨やみを待っていた」と書いた。しかし、軍人は雨がやんでも、格別どうしようと云う当てはない。
 ふだんなら、勿論、上司の家へ帰る可き筈である。所がその上司からは、四五日前に暇を出された。前にも書いたように、当時ベルリンの街は一通りならず衰微していた。今この軍人が、使われていた上司から、暇を出されたのも、実はこの衰微の大きな本質にほかならない。だから「軍人が雨やみを待っていた」と云うよりも「雨にふりこめられた軍人が、行き所がなくて、途方にくれていた」と云う方が、適当である。

 その上、今日の空模様も少からず、この20世紀半ばの軍人のEinsamkeitに影響した。午後四時過ぎからふり出した雨は、いまだに上るけしきがない。そこで、軍人は、何をおいても差当り明日の暮しをどうにかしようとして――云わばどうにもならない事を、どうにかしようとして、とりとめもない考えをたどりながら、さっきからウンター・デン・リンデンにふる雨の音を、聞くともなく聞いていたのである。

 雨は、ブランデンブルク門をつつんで、遠くから、ざあっと云う音をあつめて来る。夕闇は次第に空を低くして、見上げると、門の屋根が、膨らんだ円柱の先に、重たくうす暗い雲を支えている。
 どうにもならない事を、どうにかするためには、手段を選んでいるいとまはない。選んでいれば、瓦礫の下か、道ばたの土の上で、消滅をするばかりである。そうして、この門の下で灰となった旗のように、犬のように棄てられてしまうばかりである。
 選ばないとすれば――軍人の考えは、何度も同じ道を試行錯誤した揚句に、やっとこの局所へたどり着いた。しかしこの「すれば」は、いつまでたっても、結局「すれば」であった。軍人は、手段を選ばないという事を肯定しながらも、この「すれば」のかたをつけるために、当然、その後に来るべき「咎人になるよりほかに仕方がない」と云う事を、積極的に肯定するだけの、勇気が出ずにいたのである。

 軍人は、大きなくしゃみをして、それから、大儀そうに立上った。夕冷えのするベルリンは、もうストーブが欲しいほどの寒さである。風は門の柱と柱との間を、夕闇と共に遠慮なく吹きぬける。花崗岩の柱にとまっていたきりぎりすも、もうどこかへ行ってしまった。
 頸をちぢめながら、山吹の前髪に重ねた、紺の目を高くして門のまわりを見まわした。腰にさげた相棒のワルサーが走らないように気をつけながら、革のブーツをはいた足を、門の奥へふみかけた。

 それから、何分かの後である。ブランデンブルク門の向こう側へ出る、幅の広い階段の中段に、一人の男が、猫のように身をちぢめて、息を殺しながら、あちらの様子を窺っていた。街の残り火の光が、かすかに、その男の右の頬をぬらしている。撫でつけのが乱れた金髪の中に、青い苔のような目である。
 軍人は、始めから、この門にいる者は、死人ばかりだとたかをくくっていた。それが、階段を二三段上って見ると、向こう側で火をとぼして、しかもその火をそこここと動かしているらしい。これは、その濁った、黄色い光が、隅々に蜘蛛の巣をかけた石の壁に、揺れながら映ったので、すぐにそれと知れたのである。この雨の夜に、このブランデンブルク門の上で、火をともしているからは、やはりただの者ではない。
 爬虫類のように足音をぬすんで、軍人は広い階段を、一番上の段まで這うようにして上りつめた。そうして体を出来るだけ、平にしながら、頸を出来るだけ、前へ出して、恐る恐る、門の向こうを覗いて見た。
 見ると、門の向こうにも、こちらと同じように、幾つかの死骸が、無造作に棄ててある。が、火の光の及ぶ範囲が、思ったより狭いので、数は幾つともわからない。
 ただ、おぼろげながら知れるのは、その中に裸の死骸と、服を着た死骸とがあるという事である。勿論、中には女も男もまじっているらしい。そうして、その死骸は皆、それが、かつて、生きていた人間だと云う事実さえ疑われるほど、土を捏ねて造った人形のように、口を開いたり手を延ばしたりして、ごろごろ床の上にころがっていた。しかも、肩とか胸とかの高くなっている部分に、ぼんやりした火の光をうけて、低くなっている部分の影を一層暗くしながら、永久に展示物の如く黙っていた。
 死骸の腐らんした臭気に思わず、鼻をおおった。
 しかし、その手は、次の瞬間には、もう鼻をおおう事を忘れていた。ある強い感情が、ほとんどことごとくこの男の嗅覚を奪ってしまったからだ。

 彼の目は、その時、はじめてその死骸の中にうずくまっている人間の姿をとった存在を見た。
 青灰色の軍服を着た、自分よりは背の低い、痩せた、白髪頭の、渡り鳥のような兄である。その兄は、右の手に火をともした松の木片を持って、その死骸の一つの顔を覗きこむように眺めていた。髪の毛の長い所を見ると、多分女の死骸であろう。
 軍人は、六分の畏怖と四分の好奇心とに動かされて、しばらくは息をするのさえ忘れていた。
 すると兄は、松の木片を、床に投げて、それから、今まで眺めていた死骸の首に両手をかけると、丁度、猿の親が猿の子の虱をとるように、その長い髪の毛を一本ずつ抜きはじめた。髪は手に従って抜けるらしい。
 その髪の毛が、一本ずつ抜けるのに従って、軍人の心からは、恐怖が少しずつ消えて行った。
 同時に、この兄に対するはげしい憎悪が、少しずつ動いて来た。――いや、この兄に対すると云っては、語弊があるかも知れない。むしろ、あらゆる悪に対する反感が、一分毎に強さを増して来たのである。
 この時、誰かがこの軍人に、さっき門の下でこの男が考えていた、消滅をするか咎人になるかと云う問題を、改めて持出したら、恐らく軍人は、何の未練もなく、消滅を選んだ事であろう。それほど、この男の悪を憎む心は、兄が床に挿した松の木片のように、勢いよく燃え上り出していたのである。
 軍人には、勿論、何故兄が死人の髪の毛を抜くかわからなかった。従って、合理的には、それを善悪のいずれに片づけてよいか知らなかった。しかし軍人にとっては、この雨の夜に、このブランデンブルク門の下で、死人の髪の毛を抜くと云う事が、それだけで既に許すべからざる悪であった。勿論、軍人は、さっきまで自分が、咎人になる気でいた事なぞは、とうに忘れていたのである。

 そこで、軍人は、両足に力を入れて、いきなり、石床から飛び上った。そうしてワルサーに手をかけながら、大股に兄の前へ歩みよった。兄が驚いたのは云うまでもない。
 兄も、一目軍人を見ると、まるで弓にでも弾かれたように、飛び上がった。
「兄さん、どうして」
 軍人は、兄が死骸をまたぎながら、慌てふためいて逃げようとする行手を塞いで、こう罵った。
 兄は、それでも軍人をつきのけて行こうとする。軍人はまた、それを行かすまいとして、押しもどす。二人は死骸の中で、しばらく、無言のまま、つかみ合った。しかし勝敗は、はじめからわかっている。
 軍人はとうとう、兄の腕をつかんで、無理にそこへ捻じ倒した。丁度、鶏の脚のような、骨と皮ばかりの腕である。
「何をしていた。云え、云わぬとこれだぞ」
 兄をつき放すと、いきなり、安全装置を解除して、黒い鋼の色をその眼の前へつきつけた。もう国でない兄なら、この武器は十分驚異になる。
 けれども、兄は黙っている。両手をわなわなふるわせて、肩で息を切りながら、めだまを瞼の外へ出そうになるほど見開いて、ピエタのように黙っている。これを見ると、軍人は始めて明白にこの兄の生死が、全然、自分の意志に支配されていると云う事を意識した。そうしてこの意識は、今までけわしく燃えていた憎悪の心を、いつの間にか冷ましてしまった。後に残ったのは、ただ、ある仕事をして、それが円満に成就した時の、安らかな得意と満足とがあるばかりである。
 そこで、軍人は、兄を見下しながら、少し声を柔らげてこう云った。
「俺はもう親衛隊の将校などではない。今し方この門を通りかかった、ただの国だ。だから貴方に縄をかけて、どうしようと云うような事はない。ただ、今時分この門の下で、何をして居たのだか、それを俺に話しさえすればいいのだ。」
 すると、兄は、見開いていた眼を、一層大きくして、じっとその軍人の顔を見守った。瞼の赤くなった、肉食鳥のような、鋭い眼で見たのである。それから、赤く掠れて、ほとんど、鼻も一色になった唇を、何か物でも噛んでいるように動かした。細い喉で、尖った喉仏の動いているのが見える。その時、その喉から、鴉の啼くような声が、喘ぎ喘ぎ、軍人の耳へ伝わって来た。

「昨日までと同じことを」

 軍人は、兄の答に失望した。そうして失望すると同時に、また前の憎悪が、冷やかな侮蔑と一緒に、心の中へはいって来た。
 すると、その気配が、先方へも通じたのであろう。兄は、片手に、まだ死骸の頭から奪った長い抜け毛を持ったなり、小さな獣がつぶやくような声で、口ごもりながら、こんな事を云った。
「成程な、死人の髪の毛を抜くと云う事は、何ぼう悪い事かも知れない。だが、ここにいる死人どもは、皆、そのくらいな事を、されてもいい人間ばかりだぜ。現在、俺が今、髪を抜いた女などはな、上官の命令だからと大勢の子どもをガス室に送ったんだ。俺は、この女のした事が悪いとは思ってねぇよ。そうしなかったら銃殺されるだろから、仕方がなくした事だろ。ならば、今また、俺のしていた事も悪い事とは思えねーよ。これも、仕方がなくする事だ。だから、その仕方がない事を、よく知っていたこの女は、大方俺のする事も大目に見てくれるだろ」
 兄は、大体こんな意味の事を云った。
 軍人は、ワルサーを腰におさめて、そのベルトを左の手でおさえながら、冷然として、この話を聞いていた。勿論、右の手では、赤く頬に膿を持った大きな火傷を気にしながら、聞いているのである。
 しかし、これを聞いている中に、軍人の心には、ある勇気が生まれて来た。それは、さっき門の下で、この男には欠けていた勇気である。そうして、またさっきこの門のこちら側へ来て、この兄を捕えた時の勇気とは、全然、反対な方向に動こうとする勇気である。軍人は、消滅をするか咎人になるかに、迷わなかったばかりではない。その時のこの男の心もちから云えば、消滅などと云う事は、ほとんど、考える事さえ出来ないほど、意識の外に追い出されていた。
「きっと、そうか」
 兄の話が終わると、軍人は嘲るような声で念を押した。そうして、一足前へ出ると、不意に右の手を火傷から離して、兄の襟上をつかみながら、噛みつくようにこう云った。
「では、俺がお前を見捨てても恨むまいな。俺もそうしなければ、消滅をする体なのだ」
 軍人は、すばやく、兄の鉄十字をくびり剥がした。足にしがみつこうとする兄を、手荒く死骸の上へ蹴倒した。軍人は、布まで剥ぎとった鉄十字を掌にかかえて、またたく間に門の階段を夜の底へかけ下りた。
 しばらく、死んだように倒れていた兄が、死骸の中から、裸の胸を起したのは、それから間もなくの事である。兄はつぶやくような、うめくような声を立てながら、まだ燃えている火の光をたよりに、弟が下ったこちら側が見えるところまで、這って行った。そうして、そこから、短い白髪を逆さまにして、門の向こうを覗きこんだ。

 外には、ただ、黒洞々たる夜があるばかりである。
 何も見えないこちらを見て、兄は笑っていた。軍人の行方は、見ずとも彼の知るところだ。






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